第1356話 ニヤリ

 要塞から四キロくらい離れたところに町があった。


 規模はそれほど大きくはなく、戸数も百はない感じだ。


「ってか、あの要塞はなんのためにあるんだ?」


 要塞があるってことは敵対するなにかがいるってこと。だが、ここは皇国内。敵対国はない。もしかして魔物用か?


「まあ、ほんの前まで竜王と戦ってましたから、その名残では?」


 そう考えると、竜王の被害は皇国全土にあったってことか。オレが想像するより被害がスゴかったんだな……。


 スパイは町へ入り、とある木造の一軒家に入った。隠れ家かな?


 とりあえず家を結界で覆い、逃亡されないようにする。


 家の中にはスパイの他に男女がいて、子どももいる。家族を形成して地元に馴染むタイプか。昔風に言うなら草ってやつだな。


 会話はオレらのことを話している。


「カイナーズ、いるか?」


 闇に向かって問うと、黒ずくめの連中が現れた。


「スパイは捕獲。この家の者は丁重に連れ出してバルザイドの町に移住させろ。あとは、ゼルフィング商会の……なんだっけ? 婦人が誘ったヤツ?」


「サイロムさんですよ」


「そうそう、サイロムサイロム。ってことでサイロムに任せろ」


 あの男ならイイようにやってくれんだろうよ。


「オレの力で音は漏れないようにしてるが、カイナーズの働きに期待する」


 黒ずくめ集団は黙って頷き、ハンドサインで会話して家へと突入。三十秒もかからずスパイと家の者を捕獲した。


「お見事」


 覆面なので表情はわからんが、気配が喜んでいた。褒めて伸びるタイプか!


 スパイを受け取り、結界を纏わせて浮かせた。


「また用があれば呼ぶよ」


 黒ずくめ集団が敬礼して闇の中へと消えていった。


「……お前、いったいなんなの……?」


「おもしろ可笑しく生きてる最強にして最高の村人だよ」


 有象無象の村人とは格が違う。オレは村人の中の村人。トップ・オブ・ザ・村人だ。


「ララリーさん。あまり深く考えないほうがいいですよ。べー様を理解できたら人として終わりですから」


 ……そのオレは、人として生きてるんですけどね……。


 まあ、オレはオレを満足させるために生きている。誰に理解されなくともまったく問題ねーさ。


「猫のところにいくぞ」


 あちらは町ではなく、森のほうへと向かった。


 猫に纏わせた結界を頼りに向かうと、キャッツアイなレオタードを纏ったゼルフィング家の情報員(?)が狩人のような一団を蓑虫化させていた。


「ご苦労さん。スパイ以外はバルザイドの町へ運んでお話を聞かせてもらえ。白なら戻して黒ならバルザイドの町の外に放り出せ」


 その後はそいつ次第。ガンバって生きてくれ、だ。


 蓑虫化させられたスパイにも結界を纏わせて浮かばせる。


「また用があれば呼ぶよ」


 レオタードな情報員(?)も一礼して闇の中へと消えていった。


「よし。要塞に戻るぞ」


「これで終わりなのか?」


「要塞に出たのはな」


 まだ草として町で生きてる者もいるだろうが、敵対者になにも情報が渡らないのも不自然だ。情報は小出しであとがイイ、ってな。


 スパイを連れて要塞へと戻ると、モーダルがオレたちが借りた部屋にいた。


「待ってなくともよいのにのぉ」


「わたしの問題を他人に任せてられないのでな」


「誰かに見習って欲しいですね」


 他人に任せられないヤツは出世しないんだぜ。


「この二人に見覚えは?」


「あるに決まっている。ミドライル派とドルトル派の者だ」


 多少なりとも自分の部下のことは調べていたようだ。


「モーダル殿は、信頼できる仲間か親族はあるか?」


「いたら苦労はしてないさ」


 自虐的に笑うモーダル。悲しい英雄だな。


 こうなると英雄としてこの地域を支配させるのは厳しいかもしれんな。


「なら、英雄ではなく商人としてのしあがってみる気はあるかのぉ?」


「フフ。商人か。それもおもしろいかもしれんな。金で苦労するのも嫌だしな」


 金の苦労を知っているなら見込みはありそうだ。


「信頼できる仲間はおらんでも信頼できる部下ならおるだろう? その者を引き込んで商会を立ち上げなされ。わしの伝で北の大陸の商品を卸してやろう。酒、布、薬、食料、なんでもじゃ。モーダル殿が活躍できるくらい、な」


 これ以上、婦人に仕事をさせたらオレが殺される。なら、別の者にやってもらえばイイ。


「潰れそうな商会を取り込めたら話は楽になるんじゃが、心当たりはあるかのぉ?」


「……部下に商人の息子がいた、と思う」


「ここの部下は、近隣の者かの?」


「ああ。幹部連中以外は地元出身者だ」


「ならば、地元出身者を引き込むとしよう」


 味方は身近なところから集めて引き込むのが常套手段だ。


 無限鞄からエルクセプルが入った箱を取り出す。


「これは、どんな怪我も病気も癒せる奇跡の薬。どんな権力者も手に入れることが難しいものじゃ。この辺境なら病気を持つ者ならいくらでもいよう? これを使って部下を引き込むがよい」


 そのくらいの才覚はあるはずだ。もし、ないと言うなら切り捨てるまでだ。


「……おれに手を貸す理由はなんだ?」


「トレニード山脈の向こう側を他種族多民族国家、ヤオヨロズ国がいただいた。落ち着くまで手を出されたくない。だから、あんたに協力して欲しいのさ」


 老魔術師の結界を解き、最強の村人の姿を見せた。


「初めまして。オレは、ヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。気軽にべーと呼んでくれや」


 モーダルにニヤリと笑って見せた。

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