第1352話 ベーダー

 兵士の貧弱な装備からして地方軍のさらに末端って感じだな。


「初めまして。わしたちは別の大陸の者じゃ。あの山を越えてやって来た」


「トレニード山脈を!?」


 あ、トレニード山脈って名前なんだ。気にもしなかったわ。


「ああ。なかなか苦労をしたよ。あちらは魔物やら謎の生き物やらおってな」


 ウソは言ってない。真実をしゃべらないだけだ。


「自己紹介はあとにして、まずはそちらの治療をしよう。瀕死の者もいそうじゃしな」


 兵士は三十人くらいいて、怪我人は二十人くらいいる。これはもう壊滅と言っても過言ではないだろうよ。


「勇者よ。残りを排除してくれ。ララは金目蜘蛛を焼却じゃ」


「わかったー!」


「わかりました」


 二人はオレに合わせてくれ、指示通りに動いてくれた。


「兵士どの。怪我人を集めてくだされ」


「あ、ああ、わかりました!」


 茫然とする兵士を促して怪我人を集めてもらった。


 怪我人を診ると、切り傷が多い。金目蜘蛛の爪にやられたようだ。爪、あったんだ。


 遠距離攻撃してたから気がつかんかったわ。


 切り傷なら回復薬で充分なので結界を使って飲ませた。


「すまない。ご老人。感謝する」


 ちゃんと礼儀を知ってるヤツのようで、礼を言ってくれた。


「なに、これも縁。気にすることもない。わしは、魔術師。ベーダーと申す」


「わたしは、ハルメオン派所属ハーリー基地第六隊隊長のロドと申す」


 またややっこしいな。


「隊長どの。基地までは遠いので?」


「いや、そう遠くはない。伝令を走らせて竜車を出してもらう」


 どうやら基地に被害はないようで、金目蜘蛛の情報があったようで集められていたそうだ。


 二時間くらいして竜車が四台と兵士が百人くらいやって来た。


「モアド様!」


 なにやら豪勢な鎧を身につけた三十なかばくらいの精悍な男が現れた。


「状況を説明しろ」


 モアド様とやらに隊長さんが説明する。


「ちゃんと説明できる人でよかったですね」


 それはどう言う意味でしゃろか?


「魔術師のベーダー、殿か?」


「ああ。そうじゃよ。好きに呼んでくださって構わんよ」


「おれは、ハルメオン派シドハのモーダルだ」


 シドハ? また知らん名が出てきたな。メンドクセーぜ。


「すまぬな。まだこちらの事情をよく知らぬので失礼があれば申し訳ない。シドハとはなんであろうか?」


「シドハは階級だ。十六ある階級の一つで、上から八番目だ」


 また微妙な位置だな。よけいわからなくなったわ。


「そうか。つまり、あなた様が代表でよろしいか?」


「ああ、構わぬ。魔術師殿は、なにか身分はあるのか?」


「わしはただの魔術師じゃよ。今は旅をしながら弟子たちを育てておる。ちなみに、あの娘はとある王国の姫で勇者である。あちらの娘は帝国の大魔女から預かっておる。そこの子どもたちは途中の村で保護をした」


 この情報でどう反応する? それであんたのひととなりがわかるぜ。


「……帝国とは、北の大陸にある帝国か……?」


 へ~。なかなか学のあるヤツのようだ。


「ここから見れば確かに北の大陸じゃな。モーダル殿は首都に留学経験がおありで?」


「ああ。若い頃にな。今は田舎の要塞司令さ」


 自虐的に笑うモーダルさん。頭はイイが政治には不向きってタイプだな。


「なに。そう自虐することはないさ。能力があるなら誰かは見とる。腐らず精進することじゃよ」


 優秀な男のようだし、腐らないでいられるならオレがラーシュに伝えるさ。実力がある者なら一人でも欲しいだろうからな。


「ふふ。弟子を取る方はありがたい言葉を吐く」


「年よりのお節介よ。優秀な者を見るとついお節介をしたくなるのでな」


 これからのためにも持ち上げておくとしよう。


「……優秀か……」


「ああ。優秀じゃよ。どことわからぬ者を蔑むこともなく、限られた情報からこちらの背後を想像する。身分がある者がそれをやると言うことはちゃんと教育がされておると言うことじゃ。まあ、本人の資質がよいだけと言うのもあるがの」


 たぶん、資質だろう。でなければとっくに腐ってるはずだ。


「フフ。魔術師殿は神眼をお持ちのようだ」


「たんに経験による推察じゃよ」


 フォフォと笑ってみせた。


「魔術師殿。要塞に案内しよう」


「では、ありがたくお邪魔させていただこう」


 とは言え、負傷者を運ぶのが先と、新たに呼んだ竜車で要塞へと向かった。


「どうするんだよ?」


 車内はオレらだけなので、発車してすぐララちゃんが心配そうに尋ねてきた。


「成るように成るだけさ」


 あちらの情報はなにもナッシング。なら、流れに乗るのも手だ。あの男なら不味いことにもならんだろうし、味方につけておくのもいい。身分はそれなりにありそうだからな。


「なにかあれば逃げたらイイ。それまでは気にせずここの文化なり暮らしなりを学べ。なかなかできない経験なんだからな」


 オレもラーシュの手紙で知っているつもりだったが、こうして来てみるとわからないことばかり。ラーシュのところにいくまで知識を仕入れておくとしよう。


「勇者ちゃんも大人しくしてろよ。勇者であり姫でもあるんだからな」


「窮屈なのはイヤだけど、必要なら姫をやるよ」


 勇者ちゃんを育てた方々の苦労がかいま見えて泣けてくるな。


 竜車は一時間くらい走ると、なんかテラテラした土壁が見えてきた。


「さて、どうなることやら」


 ちょっと楽しみだ。

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