第1336話 いずれ殲滅の魔女となる

 なに事もなく朝がやって来た。世界よ、おはよう!


「お前、一睡もしなかったのかよ?」


「患者がいるからな」


 生死をさ迷った患者のことを忘れて眠るなどオレの流儀に反するんでな。


「で、ララリーはどうなんだ?」


「スヤスヤ眠ってるよ」


 夜中に悪夢でも見たのがうなされていたが、手を握ってやったら落ち着いた。それからスヤスヤスヤリストになっていたよ。


「少し横になる。昼前には起こしてくれ」


 さすがに疲れた。ここで眠らないと倒れそうだわ。お休みなさい。スヤスヤ~。


 と、意識がなくなり、再び意識が覚醒したら夜だった。え? どーゆーこと?


「気分はどう?」


 戸惑っていたら暖炉の前で鍋をかき混ぜていたララちゃんが振り返った。魔女か! って魔女だったな。鍋かき混ぜるの似合いすぎだ。


「あ、ああ。寝すぎて頭が働いてない。なんで夜なんだ?」


 確か、ここに来たの夜で、ララちゃんを看病してて、我慢できずに眠った、んだよな? あれ? 他になんかあったような気がするが、よく思い出せんわ……。


「あんたがよく眠ってたからもう一泊することにしたんだよ。勇者と騎士は周辺にいる金目蜘蛛を退治してる。マーローはそこで丸まってるよ」


 ララちゃんが指差す方向で茶猫がスヤスヤスヤリストになっていた。


「ってか、暗くなっても金目蜘蛛と戦ってんのか?」


 もしかして囲まれてたりする?


「ああ。魔力も体力も無尽蔵かと疑いたくなるくらい朝から退治してるよ」


 エネルギー充填しただけ戦えるのか? そりゃ、魔王ちゃんでは勝てないわな。もしかして、オレはとんでもないものを育ててるのか?


「なにも暗くなってまでしなくてもイイのに」


 金目蜘蛛に破られる結界ではない。夜になったら戻ってこればイイのにな。


「なんか火がついたみいよ」


 ん? 火がついた? なんのことだ?


「まあ、わたしやあんたに、だろう」


「なるほど。ララちゃんの魔法はスゲーからな」


 実際、ララちゃんの魔法の威力(だけ、な)はA級冒険者たるバリラにも勝っている。しかも、火も氷も雷も使える。汎用性だけなら勇者ちゃん以上だらうな。


「そう言えば、勇者は戦士より劣り、魔法使いより劣り、回復術より劣るとか聞いたことあるな。平均以上になんでもこなせるが、特化することはない。ただ、勇気だけは誰にも負けないから勇者なんだってな」


 勇者ちゃんも平均以上にできるが、勇者ちゃんより強いヤツはいくらでもいる。勇者=最強ではねー、ってことだ。


「さすが小賢者と言われるだけはある」


「オレなんて愚者の代表みたいなもんだよ。とても賢くなんてねーさ」


「どちらかと言えば、希代の詐欺師ですからね、べー様は」


 シャラップだ、幽霊。オレは相手に損をさせたことはねーぞ。苦労はさせてるけど!


「あんたは何者なんだ?」


「オレはオレ。悠々自適に、おもしろおかしく生きてる村人さ。それ以上でもそれ以下でもねーよ」


 強いて言うなら何者にもならないのがオレのポリシーかな? オレは村人であることに不満はねーしな。


「ララちゃんは何者になりたいんだ?」


 何者かになりたいから魔力失調症に苦しみ、追い詰められてあんな暴挙に出たのだろうよ。でなければ何者かに拘ったりしねー。自分をしっかり持ってねーヤツの典型的言動だ。


「二つ名を持つ魔女だよ」 


「二つ名? 大図書館の魔女とかか?」


「帝国では二つ名を持つことが名誉で、誇りなんだよ」


「へ~。ところ変わればってヤツだな」


 名誉や誇りは地域で違うもの、否定する気はねー。もちろん、それを求める者もな。それぞれの主義主張だしよ。


「二つ名を持つ魔女ってどのくらいいるんだ?」


 ってか、魔女ってどのくらいいるんだ?


「今は十人もいない。二つ名は偉業を為した者にだけ与えられる名誉だからな」


「へ~。今は、ね。やっぱり帝国はスゲーわ」


 何百年、いや、千年は続いているのは伊達じゃないか。まだまだ人外が隠れてそうだな~。


「そうだな。だからわたしは二つ名を持って世に自分を知らしめたい。わたしは出来損ないじゃないってな」


「ふふ。野望があってなによりだ」


「バカにしてる?」


「いや、素直に尊敬してるよ。まっすぐ前を見て突き進んでるヤツはな」


 前世でオレになかったものを持っている者は眩しく見えてしょうがねーよ。


「なら、殲滅の魔女でも目指しな。この世界はセーサランに狙われている。また星の世界から攻めて来るかもしれん。そのときのために攻撃魔法を鍛えておきな。大図書館の魔女さんのように消滅魔法を覚えるとかな」


 おそらく、消滅魔法を使える者はそうはいないはず。いるなら叡知の魔女さん自ら出向いて来ることはなかったはずだ。いないから叡知の魔女さんが自ら出向いたんだろう。


「消滅魔法は特殊な血筋しか使えないと聞いたことがある。わたしには無理だ」


「無理と言う前に原理を探せ。火は魔法でないと起こせないのか? 木を擦っても火は起こせるぞ。結果を見るのじゃなく過程を見ろ。魔法は理。魔術は技術だ」


 その答えはララちゃん自身で見つけろ。その道を歩くことを決めたのは


ララちゃんなんだからな。


「魔法は理。魔術は技術、か」


 まだ見習い魔女でしかない少女よ。いつしか殲滅の魔女になることを楽しみに待ってるよ。

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