第1305話 正常で冷静

 穴の中はやけに湿気っていた。


「……まるでサウナの中だな……」


 ここいる者には結界を纏わせてあるので適温(ガルズ族は十度くらいにしてます)だろうが、なにもしないで入ってたら蒸し焼きになってただろうよ。


「委員長さん、冷気の魔法とかできるか?」


「れ、冷気? え、ええ、できるけど、なぜ?」


「念のためさ」


 ズボンの後ろポケットから投げナイフを出していく。


 ほんと、念のための用意って大事だよな。


「……あなたのポケットはどうなってるのよ……?」


「オレの魔法で容量を拡張したんだよ」


「ふざけないで! 無限拡張魔法はもう数百年も前に消えた魔法よ! なぜあなたが使えるのよ!?」


 無限拡張魔法って正式名称があったんだ。まあ、こうして無限鞄が複数あるのだから正式名称があっても不思議じゃねーか。


「使えるんだからしょうがねーだろう」


 神を信じるなら教えてもイイが、帝国も精霊信仰の国。神うんぬん言ってもキチ○イ扱いされるだけだろうよ。


「まあ、生まれ持っての才能だ。ないものねだりしないで今ある才能を伸ばせ」


 神(?)から与えてもらった能力があろうと、それを使いこなせる才能があるかは別問題。もっと才能があったら結界も土魔法も上手く使ってるさ。


 ……まあ、才能がなくても努力と創意工夫でやって来たけどな……。


「べー様。あたしも冷気の魔法は使えます」


 と、ミタさん。万能メイドは魔法まで万能のようだ。


「じゃあ、頼むよ」


 無限鞄から投げナイフが入った収納鞄を出す。


「……まだあるのかよ。お前バカ……?」


 なんて暴言を吐くのは茶猫である。


「納得できるまで作ってたら一万個くらいになった」


「バカもそこまでいったら立派だよ。尊敬はしないがな」


「尊敬されるためにやってないから構わんよ」


 オレはオレのために生きている。自分が満足できたら周りの理解なんていらねーよ。


 ……まあ、いたらいたで嬉しいけどな……。


「とにかく、投げナイフをつかんで冷気を、凍らせる勢いで魔法を放て。魔力回復薬はあるからよ」


 投げナイフをつかんで実践してみせた。


 あ、オレも冷気の魔法は使えますからね。熱いスープを冷ますくらいだけど!


「中尉。投げナイフは山岳隊に渡すからポケットの一つを改造するぞ」


 全身体毛のクセにズボンを穿いている謎。暑くないんだろうか。


「は、はい。わかりました……」


 山岳隊のズボンのポケットを収納化し、冷気を込めた投げナイフを仕舞ってもらった。


 オレは連結結界を利用して投げナイフに高濃度の酸素を詰め込んだ。


「なぜですか?」


「宇宙ってのはな、空気がないところなんだよ。そんな世界でも生きられる生き物がこの空気がある世界で生きている。そう考えると、だ。物体Xは環境適応能力が高いってことになる。もし、環境適応能力が高いと考えるなら物体Xの存在はもっと早くに広まっているはずだ。だが、こうして地下に隠れているところを見ると、そんなに高くないと見ていいだろう」


 究極生命体だったらとっくにこの世界は終わってるよ。


「時間をかけてこの世界になれたところに違う環境をぶつけてやれば、殺すことはできなくても足止めはできるはずさ」


 仮に効かなくてもその情報は得られる。物体Xを倒すとっかかりにはなるはずだ。


「べー様のいた世界って凄いんですね。そんなことまで学ぶんですから」


 未知の生き物と対峙するには微々たる知識だよ。こう言うことは先生が一番頼りになるだろうな。


「帰ったら先生を叩き起こさねーとな」


「寝起き悪いですよ、ご主人様は」


 そんときはカイナを連れていくさ。この世界で一番の最強はカイナだからな。


「べー様。周りの様子が変わって来ました」


 降下して一時間。ゆっくり降下させてたから五百メートルも下がってないはずだ。


「肉の壁か。嫌な方向に流れてんな」


「どう言う方向に流れているのよ?」


「赤死蛙って知ってるか?」


「あ、当たり前でしょう」


 オレ、毒のある蛙しか見たことねーんだよな。無害なカエル、いるのかな?


「赤死蛙が卵を孵化させるとき、穴を掘って保育器を作る」


「……地熱を利用して冬を越冬する……」


 オレが言いたいことがわかったらしい。委員長さんの顔が青くなった。


「溶岩を利用して卵を孵化してたりするかもな」


 物体Xの数を見たら千や二千では利かないだろう。万単位であっても驚きはしねーな。


 ……いや、あったら泣くかもしれんけど……。


「熱に強いなら寒さに弱いかもしれん。そうだったときの備えさ」


「ど、どうするのよ!?」


「ミタさん、ダイナマイトって持ってる?」


「C−4──プラスチック爆弾なら持ってます」


 よくわからないけど、危険なものだとはわかるよ。


「最悪、ここを爆破する」


 プリッつあんの伸縮能力で十メートルくらいにしたら消滅させられんだろう。


「……よくない結果になりそうに思えるのは、わたしの気のせいでしょうか……?」


「山脈一つで世界が平和になるなら必要な犠牲さ」


「……こいつ、狂ってやがる……」


 なんとも失礼な茶猫くんだこと。


「オレは正常で冷静だよ」


 平和はたくさんの犠牲の上になっている。それを否定したヤツに平和なんてやって来ねーさ。

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