第1259話 獣使い

「殺戮阿タック!」


 正面から襲って来るリジャーの顎を下から上へと殺戮阿を振り上げた。


 手加減したとは言え、三トンくらいの衝撃に耐えられる生き物はそうはいねー。顎骨にヒビくらいは入っただろう。


「おろ。倒れねーとはスゲーじゃん。さすが竜種だ」


 まあ、よだれを大量に流してダメージ大を示してるがな。


「アハハ。ピッチャービビってるビビってる」


「リジャー相手になんの煽りですか?」


 野球やってるヤツなら一度は言ったことある煽りだぜ(ハイ、暴論です)。


 顎骨にヒビが入っているだろうに、リジャーのやる気(殺意)は衰えない。さらに目が血走り、口からよだれが滝のように流れている。


「しょせん獣だな」


 すぐ怒りに我を忘れてる。


 殺戮阿吽を構え、リジャーに向かって走り出す。


 竜の身体能力に人が勝てるわけねーが、我には五トンのものを持っても平気な体。自由自在に扱える結界使用能力。土魔法の才能。これらを組み合わせれば竜など物の数ではねーんだよ。


 土魔法で柔らかくして踏み込みを殺し、崩れたところを殺戮吽でフルスイング。頬にクリーンヒット。


「おっと。強すぎた。メンゴメンゴ」


 リジャーが白目剥いちゃったよ。


「生け捕りって難しいな。殺すのは簡単なのに」


「セリフが悪役ですよ」


「弱肉強食な世界に悪も正義もなし。強いヤツに生きる権利が与えられるんだよ」


 残酷なれどそれが事実。違うと言うなら是非とも覆してくださいませ。オレは応援するぜ。


 泡を吹くリジャーにエルクセプルを結界に包んで飲ませる。


 エルクセプルは何十もの生き物に飲ませ、すべてに効果を見せた。今日また効果対象にリジャーが加わりました~。


 一瞬にして回復したリジャーが俊敏に起き上がり、野生の勘でオレから距離を取った。


 なにがなんだかわからないだろうに、野生の頭をフル回転させ、三秒後には逃げ出した。


「遅い!」


 すでにポケットから出していた鉄球をリジャーへと投げ放つ。


 大リーグなボールどころか砲弾な鉄球はリジャーの左腿にクリーンヒット。あらぬ方向に曲がった。


「痛っ!」


 痛覚もないだろうに幽霊がなぜか悲鳴を上げた。なんでやねん?


「……あまりにも酷いものでつい……」


「このくらい優しいもんだよ」


 人も魔物も酷いことはする。楽しみのためになぶり殺すのもいる。オークなんて嗜虐趣味があんじゃね? ってくらい残酷に獲物を殺すぜ。


 悶えるリジャーにゆっくりと近づいていく。殺戮阿吽で倒れた木や岩を叩きながら、オレの存在を示しながら、リジャーに恐怖を与えながら、な。


 リジャーが左脚を引きずりながらも逃げようと必死である。


「諦めない生への執着。嫌いじゃないぜ!」


 手頃な岩を殺戮阿で殴り飛ばしてリジャーの右腿にぶつける。折れたかな?


 前脚で必死に逃げようとすが、もはや赤ちゃんのハイハイにも劣るくらい。難なく追い越してリジャーの前に立つ。


 その目には恐怖──いや、怯えに満ちていた。


 知能は低くても魔物や竜にも喜怒哀楽はある。なにより心があるのだ。


 オレにはどこぞの風の谷に住んでるお姫さまのように指を噛ませて心通じ合わせる能力などねーが、相手に恐怖を味合わせることはできる。心を折ることができる。オレが上でお前が下だと教えてやれるのだ。


 またエルクセプルを強引に飲ませる。


「……グルル……」


 回復したリジャーは、頭を下げ、腰を高くして小さく唸っている。


 逃げても無駄と理解してるのだろう。犬くらいの知能はありそうだな。


 無限鞄からヤンキーを入れてある収納鞄を取り出し、ヤンキーを一匹取り出して元のサイズに戻してリジャーの前に放り投げる。


「食え」


 なんて言葉が通じるわけもねーが、種族に関係なく思いは通じる。って思いを込める。


 キーキー鳴くヤンキーを殺戮吽で黙らせる。


 殺戮阿をポケットに戻し、無限鞄からミディアムなオーク肉を出してかぶりつく。


 ムシャムシャと食べていると、リジャーがグルグルと鳴き出し、ヤンキーに食らいついた。


 あちらはバキバキと噛み砕く音を立てながらヤンキーを食らう。


 その体格からヤンキー一匹では足りないと思い、さらに三匹ほど取り出してデカくする。


 よほど腹が減っていたのか、あっと言う間に完食してしまった。


「旨かったか?」


 血塗れの顔を結界で綺麗にしてやる。


「グルル」


 なにか気持ちよさそうに鳴いた、気がする。


「今からお前はオレのものだ」


 デカい顔を揉んでやる。動物とはモミニケーションが仲良くなる早道である。


「ミタさん。床を磨くようなブラシとかある?」


 こいつ、ちょっと臭い。


「はい。あります。どうぞ」


 どこぞの魔女が乗りそうなデッキブラシを受け取る。


「ドレミ、水とか出せるか? こいつを洗ってやりたいんでよ」


「はい。可能です」


 と、口から水を吹き出した。


 ……猫の口から水を出すとか、なんかホラーやな……。


「洗ってやるから大人しくしてろよ」


 水が当たったところを磨いてやると、なんか猫のように喉をゴロゴロと鳴かした。変な生き物だ。


「気持ちイイか?」


「グルルルル」


 なんて可愛く鳴くじゃないか。


「なに気に慣れてません?」


「まあ、野生を恐怖で屈服させたら愛情を示す。飴と鞭が野生を手懐ける心得だと、旅の獣使いに教えてもらったからな」


 この世界、魔物を捕まえて使役する仕事もあるんだよ。


「なんでも知ってるべー様です」


 なんでもは知らんよ。知ってることだけさ。

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