第1208話 ララ

 スローライフの理念は平和な世界で生まれ、幸せを求める生き方なんだろう。


 だが、弱肉強食なファンタジーワールドで行うスローライフの理念も変わり、生き方も厳しいものだ。


 力だ。力がなければ真っ当な生き方すらできない。我を張ることも意地を通すことも、理想も叶えることもできない。弱ければなにも手に入れられないのだ。


 オレはたくさんの命の上に立ち、その命をいただいて生きてることを忘れてはいけない。軽々しく命を奪ってはならない。奪ったのなら大切にいただく。必ずオレの血肉とする。


 そう言う覚悟は常に持っている。今までそうして来た、のだが、ワニさんが襲って来た賊ども踊り食い。湖面が広範囲でモザイク処理されてます……。


「……これまでにない最悪の朝だな……」


 狩りもするし捌いたりもするからグロ耐性はあるが、アレがアレしてアレすぎて言葉に詰まる。


「うん。空でも眺めよう」


 そのうち自然淘汰される。時間さん、解決よろしこ~。


「あーコーヒーうめ~」


「……これが鈍感力と言うやつですね……」


 いえ。スルー力と言うやつです。


「ベー様。カイナーズからの要請で湖にボートを浮かべたいそうです」


 桟橋の先でリクライニングチェアに体を預けながらコーヒーを飲んでいると、ミタさんがやって来た。


 あ、ちなみにメルヘンさんは朝の光景に嫌気がさして村に帰りました。


「遠くにいかなければ構わんよ」


 襲われたのだから警戒するのは当たり前。それで文句を言われるようなら淡水人魚との交流は諦めるさ。


「ありがとうございます」


「ってか、人魚相手に大丈夫なん?」


 あちらさんは水の中の生き物だよ。ボートとか浮かべたら沈められんじゃねーのか?


「魚群探知機を使いますし、機雷を仕掛けます」


 うん。全面戦争にならない程度でお願いしますね。将来、血の湖とか呼ばれるようになったら申し訳ないからさ。


 どっからどうやって持って来たのか謎な哨戒艇(二十メートルくらいあるやつ)が四艇も浮かび出した。


「過剰防衛って知ってる?」


「はい。最低限に止めております」


 うん。それはカイナーズ基準ね。世間一般では腰抜かす戦力ですからね。あと、ドローン飛ばすのは止めて。風情もなにもなくなるからさ~。


 文句を言うのもメンドクセーので読書することにした。


 読書に全力集中していると、体を揺さぶられて文字から目を離した。なによ?


「ベー様。昨日の人魚です」


 ミタさんが指差す方向に黒髪美女の人魚が上半身だけ出していた。


 リクライニングチェアから起き上がり、ミタさんたちを下がらせて桟橋の端に立つ。


 哨戒艇に乗ってるヤツらも銃口を下げ、少し離れていった。


「こちらに攻撃する意志はない」


「こちらも攻撃するつもりはない」


 それを証明するためなのか、手には槍を持ってなかった。


「それで、仲間内での話し合いはどうだったい?」


 オレが密かに放った結界には黒髪美女の人魚しかいない。武士もののふのような女である。いや、武士とかよー知らんけど!


「そちらに戦う意志は本当にないのだな?」


「戦う意志を持って仕掛けられたらこちらも戦う意志を持って返り討ちにする程度には戦う意志はない」


 その辺はしっかり意思表示と主義主張はしておく。


「そちらを襲ったのはわたしたちではない」


「わかってるよ。個人でやったことは個人だし、部族でやったことは部族だし、種族がやったことを種族全体には押しつけたりはしないよ」


 虎に子どもを食われたからって虎すべてを恨むほど盲目的ではねー。オレはちゃんと敵を見据えて徹底的に復讐するわ。


「襲って来た者とあんたらとは関係ねーんだろう?」


「ない。あいつらは外れどもだ」


 外れども? アウトローってことかな?


「そちらの事情や決まりはちゃんと考慮する。オレはここを借りられて、ちょっと湖に出させてもらえればイイ。もちろん、その対価は払わしてもらうぜ」


 無限鞄から苦瓜が入った箱を出し、湖面に浮かべて黒髪美女の人魚さんに差し出した。


「海で暮らす人魚はそれを好んでいる。味見してくれ」


 オレと苦瓜を見比べ、逡巡したのち苦瓜を二つに折って口にした。


「……美味い……」


 環境が違うのに味覚は同じなんだ。不思議やね。


「それで、ここは貸してもらえるのかい?」


 食生活が悪いのか、それとも苦瓜が気に入ったのか、食うことを止めない黒髪美女の人魚さん。食いしん坊さんかな?


「す、すまない、あまりにも美味かったもので……」


 ちょっとテレる黒髪美女の人魚さん。見た目はアマゾネスだけど、根はお茶目さんのようだ。


 気と表情を引き締めると、こちらに近づいて来た。


「わたしは、ジャウラガル族の一の戦士、ア・オ・ウルックボンバオレシーンだ。ララと呼んでくれ」


 え? ララ、どっから出て来たの!?


 とは驚いたが、覚えやすい名前で助かります。

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