第1184話 世界が遠い
のんびり本を読んでいると、食堂が賑わって来た。
顔を上げると、メイドさん……うん? 男? なんで……あ、ボーイか。ってか、メイドだけでなくボーイもって、うちはなんの仕事してるんだ?
まあ、オレが言っちゃダメなやつとわかるので、軽く流しておきますけど。
本を閉じ、腕時計を見ると、五時前だった。
囲炉裏間にはオレだけ(幽霊は除外)。ミタさんは……と目で探すと、控えていたメイドさんと目が合った。
……そう言えば、必ず一人は控えていったっけな……。
「緑茶もらえる?」
「畏まりました」
取りにいくわけじゃなく、誰かに目配せた。しばらくして別のメイドさんが緑茶を持って来てくれた。
「お待たせしました」
「あんがとさん」
お礼を言って緑茶をいただく。うん、旨い。
緑茶を飲み干した頃、親父殿が帰って来た。
「おう、お帰り。早かったな」
一月以上いなかったのに、親父殿の中では数日しか過ぎてないらしい。それとも幻のオレがいたのかな?
「ただいま。長いこと家を空けて悪かったな」
「なに、平和な日々で楽しかったよ」
まるでオレが苦労かけてるような物言いだな。とは言いません。肯定されたら泣いちゃうもん。
「オカンは?」
「魔大陸にいってるが、年越し祭までには帰って来るとは言ってたからそろそろ帰って来るんじゃないか」
あ、そう言や、ミタさんの故郷の畑を見てくれと言ったっけな。
「泊まりでいってんの?」
「ああ。なんか時差? があるとかで、こちらと昼夜が合わないそうなんでな」
この世界ではまだ自分が住んでるところが星だってこともわかってないし、天文学も未発達だ。時差とか言ってもピンと来ないんだろう。
「オカンがいなくて寂しいか?」
「まあ、寂しいと言えば寂しいが、シャニラが楽しんでる姿が嬉しいよ」
それはごちそうさん。砂糖吐きそうだわ。
「年越し祭の準備はどうなってる?」
本当ならオレも加わるのだが、村に馴染むためにも親父殿の一人のほうがイイ。オレがかかわると目立っちゃうからな。
「大体準備は整ったな。あとは、日を見てだな」
決まった日は決めてなく、大体三日か四日続けるのがボブラ村の年越し祭になったな。
「そうか。楽しみだな」
前世のような派手で催しは少ないが、皆が楽しむ祭りは心踊るもの。人生に彩りを与えてくれるのだ。
「しかし、年越し祭なんてよく流行らせたな? 冬なんて閉じ籠もってるのが精々なのに」
「本当はうちだけでやってたんだが、村中に知れて、次の年から村の祭りになったんだよ。最後の火送りは目立つからな」
「……死者への篝火か……」
「オカンから聞いたのか?」
別にそんなことしゃべらんでもイイものを。そんな深い意味のもんじゃねーんだからよ。
「ああ」
「死者の篝火は村で死んだ者すべて。一人だけじゃねーよ」
「だが、始めたのはお前だろう。バオニー殿のために」
「そうだとしても親父殿が気にする必要はねーよ。生きてる者を優先しろ」
それはオレの、息子の役目だ。親父殿にはやれんよ。
「……あ、ああ。わかったよ……」
その心だけもらっておくよ。だから気にすんな。
無駄に沈んでしまった空気を払うかのようにオカンが帰って来た。ナイスタイミング!
「あら、ベー。帰ってたのね」
「長いこと留守にして悪かったな」
「長い? 昨日……はいなかったわね。まあ、なんでもイイわね」
なんだろう。オレは二人の中にいるんだろうか? いないんだろうか? もの凄く聞きたいけど、恐くて聞けないよぉ……。
油断すると闇に堕ちそうな意識をしっかり保ち、家族との温かい日々を思い出す。
「あ、かーちゃん、おとうさん、ただいま~」
我が光の妹が帰って来てくれた。
「サプル、お帰り。長いこといなかったから寂しかったわ」
「お帰り、サプル。楽しかったか?」
「うん! 楽しかったよ!」
なんだろう。同じ場所にいるのに、三人が遠く見えるや。
「息子なんてこんなもんですよ」
なぜか幽霊に慰められるオレ。今にも心が堕ちそうです。
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