第1180話 ステキすぎる

「……あ、あの、そのもの悲しい鼻歌、止めてもらえませんでしょうか。聞いてるともの凄く悲しくなるので……」


 竜車を操りながらゆっくり走らせていると、すぐ後ろにいた留学者さんがそんなことを言って来た。


「ん? オレ、なんか鼻歌歌ってた?」


 意識もしてなかったわ。なに歌ってた?


「子牛をドナるやつです」


 と、ドレミが教えてくれた。ドナる?


「あ、あれね。そうかそうか。この状況、あれか」


 意気消沈な留学者の空気がなんかの状況に似てるなと思ってたが、売られていく子牛の空気か。


 納得納得。でも、オレの心の中で止めておこう。言ったら大変だもの。


「せっかく見知らぬ土地に来たんだから落ち込んでんじゃねーよ。もっと積極的に楽しめ。あんたらの自由と命はオレが保障してんだからよ」


 まあ、なんでもかんでも自由にはさせられないが、村にいる限りは安全は約束する。つまらなかったなんて大図書館の魔女さんに報告されたくねーからな。


「わたしたちは学びに来たんです。観光などしている暇はありません」


 上が真面目だと下まで真面目になるのかね? うちはテキトーにはならんのに。


 ──上がだらしないから下がしっかりするのでは?


 なんて幻聴は右から左にさようなら~。二度と来ないでくさいな。


「せっかく世界を知れる機会を棒に振ってんじゃないよ。なんのために大図書館の魔女さんがあんたらを送り出したと思ってんだ。世界を見せるためだろうが」


 もちろん、それだけではないのは重々承知。だが、世界を見せるためも本当のことだ。オレを見て視野の狭さを知り、自分ではいけないから見習いたちにいかせたのだ。


「あんたらは大図書館の魔女さんが選んだんだ」


 まあ、大図書館の魔女さんが直に、ではないだろうが、決定したのならそれは大図書館の魔女さんの意だ。思いだ。願いなのだ。ならば、託された見習いたちはそれに応える義務がある。


「いずれ大いなる魔女になるまだ何者でもない少女たちよ。世界を知れ。己を知れ。他人を知れ。まだ見ぬ真実に恐れてはならない。その真実は自分を高見に連れてってくれる糧なのだから」


「なぜ、そこまでするんですか?」


「決まってる。大図書館の魔女さんに自慢したいからさ。うちに来た留学者はこんなに学びましたよってな」


 別に優劣を決めたいわけじゃないが、勝負はしてみたい。相手は知の守護者。学びをよしとしてる者。そんな大図書館の魔女さんを驚かせたらさぞ楽しかろうよ。


「まあ、気に入らないと言うなら逆らえばイイさ。そんな者を選んだ大図書館の魔女さんを嘲笑うのも一興だからな」


 それを許す人ではないから勝負してみたいのだ。どんな手を使って来るか考えただけでゾクゾクするぜ。 


「館長に恥をかかせるようなことはいたしません」


「ああ。誇れるように行動するんだな」


 さぞや大図書館の魔女さんも喜ぶだろうよ。指導者って言葉があれほど似合う人(外)もいないからな。


「おっ、あれがオレんちだよ」


 館が建ってまだ数ヶ月であり、この光景も馴染んでないのだが、なぜかホッとするから不思議である。


「……ベー様は貴族なのですか……?」


「貴族ではねーよ。まあ、一代限りの貴族の息子だよ。まあ、人魚の三国から伯爵位はもらってるけど、ただの村人だよ」


 説得力ねー! とか言わないで。なら、貴族だって言えば納得してくれんのか? 無理だろう。だからオレは村人なの。


「あ、皆様。ベー様はベー様だと思っていれば混乱せずにすみますよ」


 フォローなんだか貶めてるのかわからないミタさん。反論できないので黙ってます。


 竜車が館の前に到着。御者台から飛び降りて玄関の前に立つ。と、館の中からメイドたちがわらわらと出て来てオレの左右に並んだ。


「ようこそ我が故郷にして我が家に。帝国からの若き魔女殿を歓迎します」


 オレの言葉にメイドさんたちがいらっしゃぃせと続いた。


 密かにミタさんに頼んでおいたけど、なかなか立派な歓迎ができた。うちのメイド、ステキすぎる。

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