第1116話 価値あるお茶
あ、これ旨い。
出された茶色いお茶を一口飲んでびっくりした。
お汁粉のようなトロッとしていて、苦味と甘味が絶妙に混ざり合い、それでいてあっさりとしている。前世の知識でも今生の記憶でも、これと似たものはねーぜ。まだまだ世界にはいろんなお茶があるもんだぜ。
「なんてお茶だい?」
「バルグル茶よ。もっとも、根を使ってるから飲んでいる者は少ないけど」
バルグル、どんだけ優秀なんだよ。
「こんだけ旨いのに?」
これなら毎日飲んでもイイくらいのクオリティーだぞ。
「バルグルの根は、そのままだと毒なの。太陽に当てて乾燥させてから細かく砕いて夏の実を混ぜる。手間がかかるから貧乏人のお茶とされてるのよ、ここでは」
ところ変われば価値も変わる、か。よくあることだな。
「もったいねーな。オレなら大金出しても買いたいぜ」
これはコーヒーに匹敵するだけの価値はある。百グラム金貨一枚だって言われても即決で買うぞ。
「……それはまた、豪快な話ね。いったいいくらで買ってくれるのかしら?」
少し間があり、表情が強張る美魔女。
「金でも物でも、そちらが満足するだけ払わしてもらうよ」
ニヤリと笑って見せる。
たぶん、美魔女の要求はこの都市での生存権とかだろう。先生の話では妖弧は土地に根ずく(憑く、かな?)らしいからな。
「……あなたは、いったい何者なの……?」
「オレはヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。村人さ」
「と、本人は言ってるけど、自称だから信じないで」
余計なことを言うメルヘンは強制排除。珍獣どもをお世話してなさいと部屋から追い出してやる。
「失敬。うちのメルヘンがご迷惑をかけた」
今のシーン、カット。十秒ほど巻き戻してテイク2!
「オレはヴィベルファクフィニー。村人さ」
ニヤリと笑って見せる。
「……そ、そうなの……」
その状況判断と適切な決断に大の大感謝です。
「まあ、村人であるが商売もしてるんでな、入り用があるなら安くしておくぜ」
ヴィベルファクフィニー号にはカイナーズホームもあることだし、大抵のもんなら用意できんだろう。でも、愛が欲しいとか言われたら笑顔で席を立たせてもらうぜ。
「なら、わたしたちと商売をしてくれないかしら? バルグル茶の他に働き手を出すわ」
それはつまり、居場所の他に仕事をくれと言ってるってことか?
「ここに長いこと住んではいるけど、わたしたちは異郷の民。ここでは異物。受け入れられていないし、他にいくところもないわ。だから売れるものは売るからわたしたちに未来を売ってちょうだい」
未来、ね。
まったく、どいつもこいつも未来未来と簡単に言ってくれるぜ。それがどれだけ難しいか身を持って知ってるクセに、他人には簡単に要求しやがる。しかも、対価は少ないと来やがる。
バルグル茶に手を伸ばし、一口飲んで長いため息を吐いた。
「無茶を言ってるのはわかってるわ。勝手なこともね。けど、この疫病を鎮め、たった数日でハルメラン掌握。あの魔神とも思える存在と対等に渡り合っている者にすがるしかないの! お願い! わたしたちに未来を売ってちょうだい!」
まあ、くださいと言うヤツよりは好意は持てるし、情に熱い女は嫌いではねー。多少、女の武器を使っているところはあるが、それを許してこその男の度量。笑って流せだ。
「与えられた未来に価値はねー。だが、運のイイことに、どちらにとっても有益な話なら与えられる。どうする?」
ニヤリではなく、クスッと笑って見せる。
「……有益な話……?」
訝しげな表情を見せる美魔女。長く生きようと時代の荒波を見極める力はねーようだ。
「そうだ。このハルメランは空前の人手不足。あんたのように未来が欲しくてやって来た種族もいるが、それでもまだ足りねー。あんたが囲う人数を足してもまだ足りねーだろう」
仮にスラムの住人が助かったところで千もいるかどうかだ。そこから働き手となれる者は半分にも満たねーはずだ。
「オレはバルグルが欲しい。実も根もな。あればあるだけオレが買おう。なんなら他の都市から集めてもらっても構わねー。いや、ぜひともやって欲しいくらいだ」
バルグルの需要はある。売り先もある。いや、ヤオヨロズだけで精一杯で他には回せんな。オレも欲しいしよ。
「さあ、仕事はあるのに人手は足りねー。どうする? なら他から持って来るしかねーな。ほらほら、人が増えるぜ。人が増えたら住む場所が欲しくなる。食事をしなくちゃならねー。稼いだら酒が飲みたくなる。だが。ただ飲むのもつまらねー。なんか余興や歌が欲しくなる、さあさあ、どうするどうする? 人が溢れてんてこ舞いだ。大混乱の大暴動だ。誰か仕切らなきゃ荒れるばかりだな」
今度はニヤリと笑って見せる。そして、金板を数十枚テーブルに置いた。
「それはうちの商会をここに置いてもらうための、まあ、根回し料だ。うちの商会を守ってくれるのならみかじめ料も払わしてもらうぜ」
都市を支配するなら表だけではダメだ。裏まで支配しなけりゃ本当に支配したことにはならねー。
「フフ。お互い運のイイときに出会ったもんだな」
空になったカップを振って見せる。
「……そう、ね。運がいいときに出会えたわ」
カップを振った意味を理解してくれたようで、美魔女がお代わりを注いでくれた。
「まったく持って旨いお茶だ。これからも飲めることを願うぜ」
そう、これには価値がある。オレにとっても美魔女にとってもな。
「ええ。そうね。わたしもこのお茶は大好きだから」
作り笑いではなく、心からの笑みを浮かべた。
商談成立。末長く仲良くしようじゃねーの。とお互いのカップをぶつけ合った。
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