第1100話 合掌

 さあ、市長代理殿とお話しなくちゃと意識を切り替えようとしたらカーチェが割り込んで来た。なによ?


「いやいや、船長のことを忘れないでくださいよ!」


 船長? ああ、タケルね。なんかしたっけ?


「ストレスなんとかですよ! これでは冒険に出られません!」


「休暇と思えばイイだろう。お前はもっとゆっくり生きろよ」


 まったく、この変人エルフにも困ったもんだ。親父殿との冒険を合わせたら三十年近く冒険してるだろうに。飽きんのか?


「わたしは冒険がしたいんです! ゆっくりするのは三百年先でいいんです!」


 うん。その前にタケルは死ぬから。いや、精神が死ぬか。ほんと、ちゃんと手加減しなさいよ。


「……ごめん……」


 小さく謝るタケル。オレは別に謝るほどでもないと思うんだがな。


「生きてりゃ怖いことの一つや二つは出て来るもんだ。ましてや自分や仲間の生死に関わることを経験したら萎縮もする。恥じる必要はねーよ」


 逆にそこで萎縮しなきゃ人として終わってるわ。


「とは言え、タケルに紹介したのはオレだし、放置と言うわけにはいかんか」


 オレ的にはゆっくり乗り越えていけばイイと思うし、このまま潜水艦を降りるのもオレはありだと思う。


 人生、挫けることはある。オレも前世は挫けて人生を棒にした。そんな人生があるから今生を楽しめているんだ、否定はできんだろう。


 冒険することはカーチェが決めたこととは言え、巻き込んだのはオレだ。責任はある。知らん存ぜぬではいられんだろう。


「カイナんところで鍛えてもらうか?」


 手短な解決法はそれだろう。


「おれは構わないけど、さらに悪化すると思うよ。うち、メッチャハードだから」


 まあ、血の気の多いのが集まってるしな、前世の肉体のままで放り込んだら肉体の前に精神が死ぬだろう。


「普通に森にでも放り込めはいいんじゃない。タケルが死なないギリギリのところなら知ってるよ」


「そうだな。森は人を育ててくれるし」


 森で生きていた獣たちよ。オレの糧になってくれてありがとう。君たちのことは死ぬまで忘れないよ。


「べーの価値観は非常識なので却下してください。べーはオーガの群れを笑いながら追いかけて撲殺する村人なんですから」


 いや、オーガの皮って結構イイ値で買い取ってくれんのよ。もう笑いが止まりませんがなってくらいにな。


「それでか! ボブラ村周辺がやたら平和なのは! 他の村や町の冒険者ギルドでは必ずオーガ退治の依頼があるのにボブラ村ではないんだもん」


「魔物だって恐怖は感じます。オーガが命乞いしてる姿、初めて見ましたよ」


 ヤダ。皆が白い目でオレを見てるんですけど。止めてっ!


「とにかく、その提案は却下でお願いします」


「そ、そうだね。ごめん。ほら、べーも謝りなよ」


 いや、なんで謝らなくちゃならねーんだよ。オレは至極まっとうな提案をしただけなのに!


「だったらタケルがやる気を出すまで待てよ。無理矢理は歪みを生むぞ」


 トラウマとか恐怖は自分で乗り越えないと意味はねー。ましてやタケルは平和の中で育ったヤツだ。オレみたいに赤ん坊からこの世界で鍛えられてはいない。ちょっとのことで精神を拗らせるだろうよ。


「タケルには段階を踏ませるべきだったな。そこはオレの失敗だ」


 過保護と言われそうだが、この世界で生かそう(あ、活かそう、ですね)と思ったらタケルを段階的に育てるべきだった。前世の常識を知りながら活かせなかったオレのせいだ。


「……段階か……」


 と、なにか考えてるカイナが呟いた。なんだい、いったい?


「ロールプレイング法がいいかもしんないな」


 ロールプレイング法? なにそれ?


「まあ、おれが学んだのは学習法だけど、タケルにはいいかもしんないね。無理矢理異世界転生~その世界が現実だとタケルだけが知らない! って感じ?」


 なんだよそれ? でも、なぜか言わんとしてることは理解できた。


「夢魔族に催眠術をかけてもらって異世界に転生したと思い込ませる。さすがに体一つじゃすぐに死んじゃうから神様特典として銃を出せる能力とネットスーパー的な能力をつける。拳銃と十万円分をつければ大丈夫でしょう」


 拳銃はなんとも言えんが、十万もあれば二、三日は生きられるか。前世のオレなら二ヶ月は生きられる自信はあるぜ。


「念のためうちからサポートを出すとして、最初の村にはタムニャでも配置すればいいか。あとは、町に向かう途中でカーチェと出会わせて仲間にすれば大抵のことは対処できるでしょう」


 カーチェも個人でA級資格は持っている。火竜までなら敗けはしないだろう。


「半年か一年くらい冒険させて、最後に魔王でも出せば結構イケると思うんだ。どうかな?」


 フム。それならタケルにちょうどイイかも知れんな。自然な流れで命のやりとりができるのが最高だ。


「カーチェ。タケルの実力にあった場所はないかな? これから冬だから雪が降らないところが望ましいんだけど」


「……ボブラ村から遠くなりますが、あります。村も貸しがあるので協力してくれるでしょう」


「さすが元赤き迅雷の一員。さすがだね」


 親父殿と出会う前から冒険してただけはある。タケルにつけたことだけは間違ってねーな。


「え? あの、ちょっと! なんか話がその方向にいってるんですけど!」


 うん。主役は黙ってような。もうちょっとで話が終わるからとタケルの口を結界で塞ぐ。


「よし。まずは現地調査だね。べー。ここはお願い。おれの代わりにカホを置いていくからさ」


 と、なんかクールな感じの青鬼レディーに目を向けた。


「カホと申します。お見知りおきください」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 なんか知らん気迫に押されて下手に出てしまった。うん。敵にしちゃダメなレディーだ。


「よし。いくよ!」


 潜水艦チームを連れてどこかへと転移するカイナ。いや、魔神様。とにもかくにも神とは無常だぜ。


 ハイ。皆でタケルの成長を願いましょう。合掌!

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