第1088話 悪逆非道

 はてさて不幸な出来事はありましたが、ここで挫けていては先はない。倒れていった者のためにもがんばらねばいけませぬ。


「お嬢さん。あんたも寝てないだろう。これをお飲み」


 下げた鞄から出した様に見せてオレ製の栄養剤を二本取り出し、一本をお嬢さんに差し出した。


「まあ、どこの誰ともわからんじじいから渡されたものじゃ、気味が悪いと思うなら無理することはない」


 お嬢さんの分を机に置き、オレは徹夜するために飲む。


「うん。不味い」


 もう一杯! とはならないのがこの栄養剤の欠点だな。なにか果物を混ぜて味をよくせんとオレしか飲まないものになりそうだぜ。


「ふぅ。栄養剤を飲んでも老体には厳しいわい」


 よく食べてよく眠るがなによりの回復法といきたいもんだ。


「──マルレナ様、止めてください。こんな怪しいじじいが出したものなど危険です!」


 と叫んだのは四十歳くらいの、神経質そうな男だった。


 この部屋には八人の重役と思われる者がいて、年齢的には一番若そうだが、発言権はこの中で一番のようだ。


 他の面々の顔を見れば、二人が不愉快そうな顔をし、二人は我関せずのすまし顔。残りの二人は嫌悪の顔を見せていた。


 ……顔に出す時点で全員がアウトだな……。


 人が群れたら派閥はできるもんだし、いがみ合うのも当然。こんな緊急時にも主導権を握ろうとするもんだ。


 アホらしい。と吐き捨てるのは簡単。そんなもんだと受け入れるのも簡単。好きにやれよと思う。


「老師様は自分でも飲んだのですよ。それに、わたしに毒を盛ってどうしようと言うのですか? わたしが死んで喜ぶのはマルネーラ党でしょう」


 党? 与党とか野党があるのか? ってか議員制なのか?


「お嬢さん。身内を悪く言うものではない」


 身内じゃない、って言うなら罵詈雑言どんどん吐いたれ。そして、闇から闇に葬っちゃれ。


「で、ですが、老師様を呼び立てておいて失礼ではありませんか」


「その男が言うことも間違っちゃおらん。この緊急時にどこぞのじじいの言葉を信じてたら都市を預かることはできんもんさ」


 派閥争いで言ったことであっても、都市を守るには必要な判断だ。


「なので、わしは帰らせてもらう。お嬢さんもその男に任せてここを出るんじゃな。もう終わりじゃ」


 これから本格的な冬が来る。黒丹病で死ぬか、凍えて死ぬか、どっちにしろ人口が激減したら都市は機能を失い、治安は乱れる。


 あとは坂を転げ落ちるように廃れ、都市は歴史から消えるだろうよ。


「なっ!? 老師様っ! どう言うことですかっ!」


 悲鳴を上げるお嬢さん。


「どうもこうも信じられないのなら付き合ってやる必要はあるまい。別にこちらとしてはどうしても救いたいと言うわけじゃない。隊長さんにどうしてもと言われたから来たまでだ」


 信じるも信じないもそちら次第。信じるなら付き合う。信じないのなら去るのみ、だろうが。


「お待ちください! 信じますので我らを見捨てないでください!」


「では、ここにいるすべての者に承諾させなされ。ちゃんと署名し、血判をしてもらう。終わったあとに知らぬ存ぜぬでは困るのでな。あ、ちゃんと二枚書いてくだされ。書いたらわしも名と血判を押すんでな」


 こう言うことはしっかりしておかないと泣き寝入りになっちゃうからね。


「ごうつくじじいめ! 人が死ぬときに金の話か!!」


 神経質でない男と同じ派閥──ではなく、同じ党の五十歳くらいの肥満オヤジが叫んだ。


「言葉は選べ、若いの。これは交渉の場だぞ。相手を不快にさせてどうする? 怒鳴れば相手が折れると思うたか? ただのじじいに見えるか? 小さな世界で囀ずっておる若造なんぞどうにでもできるわ」


 こいつらがどれだけの権力があるか知らんが、住んでなければ馬の耳に念仏。右から左に流してさようなら。邪魔をするなら力で排除します、だ。


「お嬢さんの判断に従えないもんは部屋を出ろ。そして、二度とここに来るな。もちろん、お前が出ていけと言うなら素直に従うぞい」


 さて。あんたらに決断できるかな? まあ、無理か。そんなことができるんならまっとうな政治家(?)になってるわ。


「黙りか? それもよかろう。お前さんらが上位者だ。繁栄させるのも滅ぼすのもお前さんらが決めろ」


 それが上位者の仕事で責任だ。オレには関係ねーことだ。


「老師様。お願いです。街をお救いください」


 おれの足元で両膝を床について懇願するお嬢さん。オレがウブだったら惚れてたかもな。悲しいかな、前世の記憶と経験があるからか、女のズルさが先に見えてしまう。


「お嬢さん。わしは救う前に決断しろと言っておるのだ。上位者が民を救いたいと思い、自らが先頭に立ち、誰よりも動かなければならん」


 まあ、理想は、だけどよ。


「わしは人を見る目はあるほうじゃ。この中で真っ先に動いたお嬢さんを快く思うし、お嬢さんとならよい商売ができると信じておる」


 戸惑うお嬢さんの目をしっかりと見る。


「今ここで決断しろ。清廉潔白な統治者となるか悪逆非道な統治者となるかをな」


 偽装結界を解き、ヴィベルファクフィニーとなって問うた。


「──悪逆非道な統治者となります!」


 はい、よくできましたとニッコリ笑い、役立たずの野郎どもを一斉に捕縛した。

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