第1087話 即断即決即行動

 馬車に揺られて三千里──じゃなくて三十分。目的地にはまだ着かなかった。


 ──どんだけ広いんだよ、この都市は!?


 城塞都市、かは知らんが、魔物がいる世界で大規模な壁なんて築けたもんじゃない。できるとしたら長い年月をかけて広げていくか、常に戦いが起こっているかだ。


 前者は威厳やら周辺を威嚇するため。後者は魔物による被害が多いため。まあ、他にも理由はあるだろうが、この大陸ではそのどちらかだろう。


 もちろん、道は真っ直ぐではなく、何度か曲がったり坂らしきところを上がったりはしてることから王都のような広さはないだろうが、少なくとも数万人は住んでる都市だろうよ。


 さらに走ること十分。馬車の速度が落ちて来た。


 ……馬車が傾いていることからして要塞な感じの城への道かな……?


「すまない。ここから歩いて欲しい」


 歩く程度の速度で馬車が走っていると、外からドアが開かれ、男──守備隊の……まあ、隊長さんだ。


「しかたがないの」


 そう言って馬車から降りると、まるで避難民のキャンプかと思うくらいの人……と同じくらい獣人(主に犬系が多い感じ)がいた。


「臭気に満ちておるな」


 いや、結界で空気を清浄してるから臭いなんて伝わらないんだが、見た目からして臭そうなである。どんだけここにいんだよ?


 暖房も兼ねた結界なので忘れそうだが季節は冬。雪が降っても不思議ではない時期なのだ。


 ここにいる連中も厚着し、汚れた毛布にくるまっている。なのに焚き火はしなないのは木が少ない土地なんだろうか?


「火は焚かんのか? 寒々で死ぬぞ」


「……燃やせるものがあればやっている……」


 苦そうに言う隊長さん。


 やはり木がない地域なんだろうか? 魔道具らしきものを使っている様子もないし、冬は我慢なのか? いやそれ、都市として成り立ってねーだろう。よく今までやって来れたな!


「城塞都市ともなれば数年分の薪の備蓄はありそうなもんじゃが、ここは違うのか?」


「こっちだ!」


 吐き捨てるように言い、堅く閉じた城門へと歩き出した。


 まるで連行されるように続き、城門につく小門(?)から中へと入ると、身なりのよい中年男がランプと思わしきものを掲げていた。


 ……ロウソクのランプじゃなくて油のランプなんて初めて見たわ……。


 アーベリアン王国やその周辺国ではロウソクは安く、よほどの貧乏でなければロウソクはどの家でも使っており、村でも内職として作っている家も結構ある。


 まあ、金を持っている家は魔道具を使っているが、油のランプなんて使っている家なんて見たこともねー。あるって聞いたこともねーぜ。


 ……この地域はロウソクより油のほうが安いのか……?


 そんなことを考えながら城の中へと入る。


 等間隔ごとにランプがかけられていて足元に不安はないが、なんとも殺風景なこと。まだ牢獄のほうが華やかである。いや、前世の知識だけどね。


 タペストリー的なものが申し訳程度にかけられ、なぜかサボテンらしき植物が飾られている。


 ところ変われば品変わるとは言うが、サボテンを花のように飾るところがあるとは思わんかった。


 老人を偽っているので、ゆっくりと回りを観察しながら歩く。


 隊長さん隊員たちは苛立ちを隠そうともしないで急かすが、そんなもん知らんと老人的な歩みを続ける。


 つーか、老人は労れや。そして、階段を上らすなや。演技すんのも疲れんだぞ。


 やっとのこと四階分の階段を上がり、ふぅ~と息を吐いて老人をアピールするも周りの方は気づいてくださらない。急げ急げと追い立てられる。


 ……はぁ~。こんなことなら初老辺りにするんだったぜ……。


 で、追い立てられた先は、やはりと言うかなんと言うか、この都市の代表者がいる部屋だった。


 用があるならテメーが降りて来いや! って怒りを無理矢理飲み込みながら重厚な机の向こうにいる代表者を見る。


 歳の頃は五十前後。人族ではあるが、髪の色が蜂蜜色とは珍しい。隊長さんや隊員は紺色だったのにな。


「お前はこの疫病を知っているそうだな」


 完全無欠に上から目線。都市の代表者なら当然の態度だろうが、オレの経験上、ものを尋ねる場合や教えを乞う状況で上から目線になるヤツは大抵無能なヤツが多い。


 これが虚勢や責任感から来るものなら救いはあるんだが、この態度と言葉からして望みは薄いだろう。他に救いはねーのかよと周りに目を向ける。


 と、二十歳くらいの、これまた珍しいことにメガネをかけているねーちゃんと目が合った。


 救いだ! とオレの直感が叫んでいる。


 あちらもなにかを感じ取ったのか、軽く目を見開いている。


 即断即決即行動。この方には退場してもらいます!


 とばかりに結界で包み込み、心臓発作とばかりに動かして床に倒れさせる。


「お父様!?」


 おや、娘さんでしたか。それはお気の毒です。


「動かすでない。たぶん、心の臓の発作じゃ。疲労が溜まっているとよく起こるものじゃよ」


 慣れてますとばかりに代表者を仰向けに寝かせ、麻酔薬……と言うほどのものではないが、ゆっくり眠れる液薬を布にしたらせて代表者の口元に押しつける。


 上木とシャツのようなものをハサミで切り裂き、聴診器を胸に当てる。あ、聴診器はサラニラに頼まれて作りました。


「うむ。心の臓は辛うじて動いておるが、すぐに目を覚めさせるのは厳しいのぉう」


 それっぽいヤツがそれっぽいことを言えば、大抵のヤツは信じてしまうもの。娘さんは懐疑的な目を一瞬見せたが、オレと同じく即断即決即行動できるようで、父親を排除する方向で動いた。


 慌ただしくはあったものの、できる娘さんは迅速でもある。十分もしないで部屋へと戻って来た。


「感謝は落ち着いてからさせていただきます。老師様。この疫病のことを教えてくださいませ」


 あいよ。できるお嬢さん。

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