第1086話 老魔術師

 当たり前と言えば当たり前なのだが、通りに人の姿はなかった。


 だが、人だったものがちらほらと見え、R18な制限をかけられる状態になっていた。


「……幸福な世とはならないか……」


 優しい世界じゃないとはわかっているが、生々しいものを見ると胸に来るものがあるぜ。


「成仏しろよ」


 R18な状態を結界で包み込み、火をつけて焼却する。


 遺族に断りもなくとか言うことなかれ。いるのなら道端で死なせたりはしない。仮にいたとしても道端に放置している段階で思いやる必要はねーよ。


「しかし、R18な状態で放置しすぎだろう。行政はなにやってんだ?」


 暗くてわからんが、建物の造りや並びからして町──それも結構な広さと文化はありそうだ。道も石畳だしな。


「石組みなところを見ると、乾燥地帯みたいだな」


 結界を纏っているので空気の乾燥具合はわからんが、道端に雑草が生えてないことや土がないことからして間違ってはいないだろう。


「トータたちは、なにしにここに来たんだ?」


 記憶が定かじゃねーが、帝国にいっているんじゃなかったか? 帝国に乾燥地帯なんてなかったと思うんだが……。


 考えながら進むと、噴水がある広場へと出た。


「……近くに山があるのかな……?」


 この乾燥具合からして雨が多いとは思えんし、教会からここまで井戸がなかったから、山から水路を敷いてるのだろう。まあ、テキトーな想像だがよ。


 噴水を覗けば水量は結構あり、地下に流れている。ってことは地下水路もあるのか?


 建物も古そうではあるが、素人目にもよくできている。長い歴史のある町なんだろう。


 ちょっと疲れたので、噴水の縁に座り、マン◯ムタイムと洒落込んだ。


「……静かだな……」


「町が死んだようです」


 オレの呟きに出没不明の背後霊が答えた。


 うん。あなたが言うと洒落にならんから黙っててください。そして消えててください。


「マイロード。武装した集団が来ます」


 いろはからの報告に偽装結界──老魔術師にチェンジする(五巻参照)。


 十一歳の姿でも構わねーのだが、説得力を持たせるなら老魔術師が効果的なのだ。


「何者だ!」


 と誰何するってことは、町の者とは思われない格好だったかな?


「薬師を生業としとる旅の魔術師じゃよ」


 もちろん、声も変えてまっせ。


「薬師だと? どこの国の者だ?」


「国は持たんよ。旅から旅の人生じゃ」


 ふぉっふぉっふぉっと笑う。まあ、結界を動かしてるんですけどね。結構練習したんだから。


「……それで、なにをしている? こんな夜中に……」


 四十半ばの男が槍を構えながら尋ねて来る。そんなに怪しい……ですね。疫病に冒された町で夜中に動いてたら。


「考えておっただけじゃ。なぜこんな場所で黒丹病が発生したかをな」


 治し方は確立したが、発生原因はわかってないのだ。ネズミとか魔物のせいだかとは言われてるがな。


「この疫病を知っているのか!?」


 驚く男。って、わかってなかったのかよ。


「アーベリアン王国は知っておるか?」


「……いや、聞いたこともない……」


 まあ、普通に暮らしていたら隣の国すら知らないヤツも結構いる。酔狂な者じゃないと知ろうとは思わんさ。


「その国で三百年前に流行った病じゃよ。まさかこの地で流行っていようとは夢にも思わんなんだ」


 ほんと、びっくりだよ。


「ろ、老師殿! これは治るのか!? 薬はあるのか!?」


 つかみかかろうとする男の手からひょいと避ける。


「致命的なまで冒されていなければ治るな。まあ、薬と呼べるものもある」


 懐から小瓶を出して男に放り投げる。


 驚きながらもちゃんとキャッチできるとか、反射神経のイイ男だ。かなりの使い手かな?


「ぬるま湯に煎じて何度かに分けて飲ませれば大抵は治る。初期症状ならそれを湯に溶かして体を浸ければ確実に治るよ。あ、着ていた服は燃やすことをお勧めする」


 話は終わりだと、冷めたコーヒーをいただいた。


「市長のところに走れ。疫病は黒丹病。治る病気だと知らせろ!」


 市長か。やはり自由貿易都市郡地帯なのかな? 市と呼ぶようなところ、アーベリアン王国周辺国にも帝国にもないしな。


「老師殿、我らと来てもらえないだろうか?」


「老いぼれのわしがいったところで役には立たんし、信じてもらうための説明など面倒なだけじゃ。胡散臭いと思うなら使わなければよい」


 そんな義理はないと切り捨てる。


「お願いする。どうか我々について来てくだされ!」


 頭を下げる男。力ずくのバカではねーか。まあ、上が礼儀正しいかはわからんがな。


 だが、情報を得ようとしたら情報が集まる市長の側がイイだろう。原因を探る、とまではいかなくても、手がかりくらいは欲しいところだ。


「いろは」


「──はい。ここに」


 呼ぶと白猫になったいろはが現れた。うん。空気の読めるお前が頼もしいよ。


「ドレミに荷物を持って来るように伝えておくれ」


 教会や孤児院のことはチャコやメイドさんズが上手くやってくれるだろう。


「畏まりました」


 器用に頷き、教会のほうへと駆けていく。ほんと、超万能生命体は頼りになるよ。


「……い、今のは……?」


「わしの使い魔じゃ。そんなことも知らんのか?」


 いや、オレも世の魔術師が使い魔を使役してるか知らんけどね。テキトーに言ったまでです。ごめんなさい。


「まあ、よい。なにか乗り物を用意せい。こんな老いぼれを歩かせるな」


 老人の歩き方をするのも結構しんどい。用意していただけると助かります。


「わ、わかった。誰か馬車を持って来い!」


 はぁ~。今日は徹夜か。いや、もう日を跨いでいるか。十一歳の体にはツレーぜ……。

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