第1058話 怠惰

「……ミタさん、家族いたんだ……」


 いや、木の股から生まれたわけじゃないんだから両親がいるのは当たり前なんだが、ミタさんから家族の話が出たことはなかった。


「あたしも死んだとばかり思ってました。百年以上、音沙汰ありませんでしたから」


 今知る衝撃の真実! でもないか。エルフとか長命種は、人と時間の感覚が違う。人の十年はエルフでは一年みたいなもの。いや、エルフでも百年は長いか……?


「わたしも娘は死んだかと思っておりました。魔神が暴れておりましたからな」


 まあ、前世の兵器を惜しみもなく使っていれば、どんな魔王だろうと敵わないだろうよ。狙われた魔王に同情するわ。


「今は狂犬二人が暴れ回っているけどね」


 メルヘンに狂犬呼ばわりされる魔王ちゃんと暴虐さん。まあ、あえて反論はしないけどね。


「で、ミタさんの親父さんが引き受けてくれんのか?」


「ベー様がお許しいただけるのなら、是非」


「んじゃ任せるわ。よろしくな」


 やってくれるのならオレに否はなし。大いに任せます、だ。


「ありがたき幸せ。粉骨砕身、身を懸けて働かせていただきます」


 別に粉骨砕身するような仕事ではないと思うのだが、やる気を削ぐのも悪い。うちは気持ちよく働いてもらう家だからな。


「昼食ってなかったら親父さんも食いな。ここで暮らすのならいろいろ食わなくちゃならんと思うからよ」


 東からオレらの大陸からと、いろんな食材、いろんな料理が渡って来るだろう。それぞれの国の料理を食らい、それぞれの国の酒を酌み交わして仲良くやってちょうだいな。


「はっ。いただきます」


 上下関係が体に染み込んでいるようで、なんの躊躇いも疑問にも思わず、メイドさんが引いた椅子に座った。


 出された海鮮カレーをまた躊躇いも疑問も抱かず口にした。


「……旨いですな……」


 そこで、心を漏らすミタパパ。今までなに食ってたのよ?


「恥ずかしながら、カイナーズの基地にいくまでは獣の肉を食らう日々でした」


「あそこでサバイバルとかスゲーな」


 レースした地域しか知らんが、あそこにいるものを食えとか罰ゲームどころか地獄巡りだわ。


「戦いしか知らぬ身故……」


「まあ、ドスの利いたヤツが仕切ってくれたほうがなにかと都合がイイだろう。他も強面の連中を集めてくるんだからよ」


 魔王ちゃんや勇者ちゃんに敵わないまでも人相手なら十二分に脅威だ。メンチ切られても負けはしまい。


「職員的なのは集めたのかい?」


 さすがにミタパパ一人に任せるのは酷だろう。


「父の配下だったものを当たらせ、ゼルフィング家からメイドを派遣します」


「あいよ。それで任すわ」


 さすがミタさん、頼りになるぅ~。


「ベー様。わたしは、なにを成せばよろしいのでしょうか?」


「基本は海の中に生ってる海典の樹を守ることで、それになる実を売って儲けて欲しい。あとはそうだな。海典の樹を見たいってヤツから金でも取ってくれ」


 水族館のように通路は造ったから人気になんだろう。


「そのような大役をわたしでよろしいのですか? 我々のような裏切り者に……」


 裏切り者? なんのこっちゃい? 


 わからないときはレイコ教授の出番です。どう言うことよ?


「ダークエルフも世界樹の守護者でしたが、欲に溺れて斬り倒した過去があるんです。主たるハイエルフから怠惰のエルフ、ダークエルフと呼ばれたんです」


 え? ダークって怠惰って意味だっあの!? 肌が黒いからダークだと思ってたよ!


「ってか、ダークエルフは、よくダークエルフって名前のことを了承してんな?」


 屈辱とか思わねーの?


「それが我々の罪なら甘んじて受け入れます」


 怠惰になったのは特別で、根はミタパパのような種族なんだろうな。うちにいるダークエルフ、皆働き者だったし。


「まあ、本人たちが受け入れてんならオレがどうこう言うつもりはねーし、やるやらないはあんたらが決めな。オレは強制はしねー主義だ」


 やりたいことはとことんやれ。やりたくなければテコでもやるな、だ。でも、おっかないおねーさまに言われたらつつんしんでやらせてもらうがな!


「で、やるかい? やらないかい?」


「是非、我々にお任せくださいませ」


「んじゃ、よろしく。ここでの儲けはあんたらが自由にしな。オレはたまに来て利用させてもらうだけでイイからよ」


 下手に利益を受けると婦人に怒られそうだ。ここは、ゼルフィング商会と関係なし。ミタパパが仕切ってください。オレは利用させてもらうだけで結構なんで。


「ベー様、なにを考えてるんですか?」


 こそっとレイコさんが尋ねてくる。


「なにってなによ?」


「ベー様に利益がないどころか苦労ばかりしているように見えます。ですが、ベー様はいつも損しているようで必ず利益を得たとばかりに笑ってます。いったいなにを得たんですか?」


 ほんと、よく見てる幽霊だよ。背後にいるのによ。


「別に得てはいないさ。ただ、未来へ投資してるだけだよ」


 まあ、それが利益になるかは神のみぞ知る、だがよ。

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