第972話 夜叉丸

「おい、デッカイねーちゃん」


「なんじゃ?」


 なにか、迷子の子犬のような目でオレを見下ろして来る。


 まったくこれっぽっちも可愛くねーが、別に可愛さなど求めちゃいないんだから気にするな、だ。


「デッカイねーちゃんはオレが預かることにした。イイな?」


「養ってくれるのなら誰でもいいのじゃ!」


 プライドは一ミクロンもねーようだ。逆にアッパレだよ。


「なら、ここから出ても問題ねーよな?」


 ここがイイと言うのなら公爵どのにお返しするがよ。


「美味しいメシと寛げる寝床があればどこでも余は満足なのじゃ!」


 何気に前世の知識が入ってねーか?


「わかった。旨いメシと寛げる寝床は用意してやる。なにか持っていくものはあるか?」


「あるが、探すのが面倒だからこのままでいいのじゃ」


 物に執着心はないのか。ある意味、無欲。物凄く好意的に言えば修行僧の域だな。


「わかった。だが、まだ用があるんで待ってろ。ってか、デッカイねーちゃんはなに食うんだ? 寝るのか?」


 色と形からデッカイねーちゃんの親は黒竜だろう。有名ではあるが、滅多には現れない竜としても有名である。


 強さも竜の中では上位であり、銀竜や金竜より強いと言われている。まあ、お伽噺レベルの信憑性しかないので、どこまで強いかわからんが、あの咆哮からして竜子より上位なのは間違いねーだろうな。


 ……サプルより上かと問われたら悩むがな……。


「好きなものは菓子パン! 一日の大半は寝る!」


 後半はわかる。竜は猫以上に寝るって言うし。だが、前半の菓子パンってなんだよ? 竜と言ったら肉じゃねーのかよ?


 つーか、そんな昔から前の世界のヤツがこっちに転生してんのか? 時間軸とか滅茶苦茶じゃねーか? 菓子パンなんて千年も前にねーだろうが!


「ちなみに菓子パンでなにが好きなんだ?」


「蒸しパンが好きじゃ! 格別じゃ!」


 渋い(?)とこ突いてくんな。そこはメロンパンとかじゃねーの?


 さすがのサプルも蒸しパンは作ったことはねーが、揚げパンならよく作っている。なので、無限鞄の中にも入っている。


 一つ取り出し、結界皿に乗せて三メートルくらいにしてみる。


「お! 揚げパンじゃ! 我、これもめっちゃ好きじゃ! うまー!」


 めっちゃとか旨いのはともかく、味覚は人と同じなのか。ってか、子ども舌か?


「お代わり! てんこ盛りで!」


 結界皿を二十メートルくらいに広げ、揚げパンを放り投げてデカくする。


「美味いのじゃー!」


 一つ一つ適度なサイズで噛みつき、ゆっくりと咀嚼している。意外と躾されてる?


「美味かったのじゃー!」


 揚げパンを五つ食べてごちそうさまか。早食いでもなければ大食いでもないようだな。まあ、そのサイズでは似たようなもんだけどよ。


「眠いのじゃ。ぬっくいクッションが欲しいのじゃ」


 無限鞄からクッションを取り出そうとして、手が止まる。


「ドレミ、お前って分裂できるか?」


 スライムに幼体とか成体があるかわからんけど、超万能生命体なら可能なんじゃねーのか。


「はい。できます。ですが、わたしのレベルでは小さい分裂となります」


 レベルとかあるんだ。まあ、理解できなさそうだからスルーさせてもらうがよ。


「能力も小さくなるのか?」


「いえ、わたしの能力が引き継がれますが、別個体となるため能力が変わることもあります」


 つまり、不思議ってことだね。了解了解。


「まあ、小さくてもイイから分裂をやってくれ」


「では、分裂させます」


 と、メイド型ドレミが髪の毛を一本引き抜いた。


 ……そんなんでイイんだ……。


 感動もなにもあったもんじゃねーが、スライムの分裂になにか意味を見出だしたいわけじゃねー。ふーんで流しておけ、だ。


 ドレミが引き抜いた髪の毛がうにょうにょ蠢き、水色のスライムとなった。


「どうぞ。名をつけてやってください」


「じゃあ、夜叉丸やしゃまるだ」


 得に意味はなし。響きで決めました。


「はい。マスターから贈られた名に恥じぬよう、誠心誠意、仕えさせていただきます。なんなりとご命令ください」


「なら、夜叉丸に重大な使命を与える。オレの代わりにそこのデッカイねーちゃんの世話をしろ」


「畏まりました。夜叉丸の名に誓い、お世話させていただきます」


 ドレミに手のひらを出すと、オレの手のひらに飛び移った。


「これからお前を巨大化させる。問題ないな?」


「マスターのお心のままに」


 手のひらに乗る夜叉丸をまず一メートルくらいにする。


「体に違和感は感じるか?」


「ありません」


「よし。なら、少しずつデカくして行くから違和感を感じたら必ず言えよ」


「畏まりました」


 下に置き、少しずつ、夜叉丸の状態を確かめながらデカくし、デッカイねーちゃんが座れるくらいまで巨大化させた。


「デッカイねーちゃん! 今日から夜叉丸がお前の世話をする! イイな?」


「わかったのじゃ。夜叉丸、頼むぞ」


「はい。なんなりとお命じくださいませ」


「スライムは気持ちイイからクッションにしろ」


 オレはもうドレミがいないと寝れなくなってます。


「おっ。なんだ、この気持ちのよさは!? こんなの初めてなのじゃ!!」


 そうであろうそうであろう。スライムのよさを知った君を仲間と認めよう。


「用が終わるまでそこで寝てろ!」


「わかったのじゃ! いっぱい寝るのじゃ!」


 お休み一秒で眠りにつくデッカイねーちゃん。の○太も真っ青だな。


「さて。本題に戻ろうか」


 そう言って振り返り、公爵どのを見た。

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