第950話 ブルーヴィ

950 ブルーヴィ


 館に移る前に、物は片付けたからガランとしてるが、あの頃のままの温かさは残っていた。


 箱庭の気温は常時二十三度くらいあり、暖炉を使う必要もねーが、暖炉は心の癒し。なくてはならないものだと、真っ先に薪をくべ、火をつけた。


 安楽椅子を出して、薪が燃えていくのをボンヤリと眺める。


 時間も忘れて眺めていたら、プリッつあんやミタさんが戻って来た。


 腕時計を見たら四時を過ぎていた。


 ……もうこんな時間か。楽しい時間は早く過ぎるな……。


「なんなのよ、ここ! わたしがいたとこより凄いじゃないのよ!」


「こんな楽園みたいなところがあったんですね!」


 大興奮なお二人さん。ちょっと落ち着きなさいよ。


 まったく、しょうがねーなと安楽椅子から立ち上がった。


 ……まあ、ゆっくりまったり自分の空間を築くのも一興。お楽しみはあとで、だ……。


「わかったから落ち着け。それより、部屋割りするぞ」


「わたし、ベーの部屋だったところね!」


 勝手に宣言すると、バビュンと確保に飛んでいった。好きにしろや。


「ミタさんは、サプルの部屋だったところでイイか?」


 六畳と狭いが、洗面所つきで収納力もある。ミタさんにはちょうどイイだろうよ。


「あ、あの、あたしも住んでよろしいのですか?」


「近いとは言え、通うのもメンドクセーだろう。それに、掃除とかサプルの領域だから、オレだとゴミ屋敷になりそうだからな」


 好き勝手に散らかして酷い状況になる未来しか見えねーよ。


「まあ、通いがイイのなら通いにしな。オレはどっちでも構わんよ」


 元々寝に帰って来るところ。いてもいなくても変わらんだろうしな。


「いえ、ここに住みます! では、急いで整えて来ます!」


 慌てる必要はねーよと言う前に目の前から消えてしまった。ってか、サプルの部屋だったところわかんのか?


 まあ、違ったら違ったでイイやと、暖炉の回りを自分色に整えた。


 前は、訪れて来る友達のために酒を並べていたが、酒類は厨房に移して、いろんなコーヒー豆や色とりどりのカップ、各種お茶を並べた。


 棚には駄菓子やら菓子と言ったお茶のお供を置き、お気に入りの本をいくつか並べた。


「まっ、今日はこんなもんか」


 どうせ泊まるのは公爵どののところ。コーヒーがすぐに飲める環境ができたら充分だ。


「おーい! そっちの具合はどーだ?」


 二階にいる二人に声をかけた。


「もーちょっと待って!」


「す、すぐ終わりますので!」


「落ち合う場所は一緒なんだ、ゆっくりやってろ。ちょっと寄っていく場所もあるしな」


 どんな部屋にしようが興味はねーが、気に入るまでやってろ。公爵どのらが復活してるかわかんねーんだからよ。


 事が事だけに二日三日寝込んでも不思議じゃねー。普通のヤツなら心が折れてそうな事態だからな。


「一緒に行くから待ってて!」


 ったく、我が儘なメルヘンだ。


 しょうがねーなと、安楽椅子に腰を下ろしてマ○ダムタイム。あ、ちょっと腹減って来たな。でも、今食うと夕食入らなくなるし、どら焼一つで我慢しておくか。


 もしゃもしゃ食ってると、ミタさんが下りて来た。


「す、すみませんでした」


 構わんよと、食いかけのどら焼を掲げて見せた。


「どら焼ですか?」


「ああ。知り合いにもらった」


 町の和菓子屋さんで売ってるもので、隠れた逸品なんだってよ。うん、うめ~。


「……食べる……?」


 物凄く欲しそうな顔で見るミタさんに尋ねてみる。いや、尋ねるまでもないんだろうげどさ……。


「はい!」


 輝かんばかりの笑顔を見せるミタさんに、十個入りのどら焼を四つ、渡した。そこの棚に置いておくから、なくなったらテキトーに持っていきな。一生かかっても食い切れないほどもらったからよ。


 ……カイナもそうだったが、なんではっちゃけたヤツって大量に出すかね。もう嫌がらせだわ……。


「はい! ありがとうございます!」


 喜んでもらえてなによりだよ。


 結界収納でどら焼の箱を収納していく。すぐやってくださいとミタさんの目が言ってたから……。


「お待たせ~」


 六十個ほど収納した頃、やっとプリッつあんが下りて来た。


「んじゃ、続きは帰って来てからな」


 なんかもう拷問を受けてる気分になって来てたわ。


 プリッつあんがオレの頭にパ○ルダーオンして来たの確認し、家を出た。


「雨雲かな?」


 前方から真っ黒な雲が近づいて来るのが見えた。


「なんか荒れそうだな」


 嵐の少ない土地に住んでるんで、雨雲を見て荒れ具合は予想できんが、避けるに越したことはないのは理解できた。


「ブルーヴィ! 雲の上に出て進めな!」


 前方に向けて叫んだ。


 ──ぷしゅぅぅぅぅっ!


 わかったとばかりに水柱が上がった。


「え、なに!?」


「な、なんですか、今のは!?」


 二人の驚きを無視して転移結界扉へと向かった。

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