第930話 酒

 スラム街をさ迷うこと三十分。スラムのメインストリート的な場所に出た。


「屋台とかあるんだ」


 怪しさ満点。誰になんの需要があるんだ? ってものが売られていた。


「商売として成り立つのか?」


「ここがなきゃスラムの住人は生きていけねー場所だよ」


 言われてみればそうか。ボロ着を纏ったスラムの住人が街にいっても売ってくれる者はいない。ましてや銅貨を砕いて使う世界。まっとうな商売をしている者には金への冒涜としか思えねーだろうからな。


「ゴミなんてどっから持ってくんだ?」


 明らかに廃材と言ったものやボロ切れなど、想像力をフルに使っても利用法が思いつかないものばかり。スラムの住人、再利用の天才だな!


「いろんな場所からだよ、夜中に」


 意外にも働き者なんだな。まあ、成果は出てないようだが。


 オレの想像力ではどうにもできないものばかりなので、流し見していると、牙ネズミが吊られている屋台があった。


「……他にもあるんだな……」


 見渡すと、牙ネズミを売っている屋台がいくつかあった。


「牙ネズミを一匹持って来ると、半分もらえるんだよ。魔石は半鉄で買い取ってくれるのさ」


「半鉄?」


「スラムでしか使えない鉄の金さ。ロマ、こいつに見せてやれ」


 ロマとは三兄弟の長男のようで、腰のベルトに下げたポーチから五ミリくらいの鉄の粒を出してオレに渡してくれた。


「鉄板から作った感じだな」


 厚さは一ミリもないから、叩いて伸ばしてノミかなんかで切り取った感じだ。


「よくは知らんが、半鉄で三日は生きられるよ」


 スラムでの生活をよく知らんので、上手く返せないが、ここを仕切っているヤツはかなり賢いってのはわかった。


 ……小さな経済圏ではあるが、それを確立させる手腕は見事としか言いようがねーな……。


「しかし、参ったな。そうなるとスラムの経済を壊しかねんな」


 たぶん、だが、スラムは牙ネズミで成り立っているようなもの。それを奪ったら一気に崩壊しかねないぜ。


 スラムに秩序ってのもおかしな話だが、下手な農村より豊かで、安全な場所になっている。これを壊すのはちょっとばかり気が引けるぜ。


「さて、どうしたもんか……」


 ったく、話がややっこしくなって来たぜ。


 どうしたもんかと考えながら歩いていると、スラムにあるには不似合い……と言うか、なんと言うか、なんだここ? 


 なにか、冒険者ギルドに似てなくもないが、スラムに冒険者ギルドなんてあるわけもねーし、なにかの店ってわけでもねー。いや、食堂っぽいものが併設されてはいるな。本当になんなんだ、ここは?


「ハローワークみたいなところさ」


 と、茶猫さん。


「ハローワーク? スラムでか? つーか、成り立つのか?」


 仕事がないからスラムができるんだろうが。仕事があるんなら下町に昇格してるわ。


「おれたちは中に入ったことはないが、仕事は結構あるみたいだぜ。よく集団で街の外にいくのを見たからよ」


「その後、そいつらを見た者はいなかった、ってオチじゃねーだろうな?」


 確実に犯罪が行われているよな、それ!


「ちゃんと日が暮れる前には帰って来るよ。なにをしているかは知らんけど」


 まったく想像がつかん。なんの仕事をしてんだ?


 ハローワーク、ってよりは口利き屋って感じだな。今も何人かたむろし、なにかを飲んでいた。


「……え、酒、だと……?」


 たむろしているヤツらの顔が赤らみ、確実に酔っている姿だった。


「スラムのヤツは少し稼ぐと、ああして飲んだくれんのさ」


 いや、それは理解できる。未来に希望が持てねーヤツは刹那的に生きるからな。だが、スラムのヤツらが酒を飲めることが理解できねー。


 穀物地帯なら水より安いとは聞くが、バイブラストでは酒は嗜好品であり輸入品だ。一般庶民の酒と言われるエールですら他より高いと公爵どのが言っていた。


 なのに、スラムのヤツらが酒を飲むだと? あり得ねーだろう! 


 いや、落ち着け、オレ。事実、スラムのヤツらが酒を飲んでいる。なら素直に受け入れろ、だ。


「酒の値段は知ってるか?」


「四半鉄で一杯は飲めるとか聞いたことはあるな。詳しくは知らん。おれらは飲まないからよ」


 半鉄で三日は生きられるなら、酒はそれなりに高いってことか。それでも飲めるなら一般的な酒と言ってもイイだろうよ。


「それだけ大量に作られているってことか」


 クソ! なんだかわからなくなって来たぜ!

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