第922話 靴コーナー

「……なんでいきなり靴屋なんだ……?」


 え? 靴屋?


 茶猫の問いに我に返ると、靴がたくさん並んだ棚の前にいた。


 辺りを見回すと、はっちゃけ店長やいつもの白髪に白い肌のコンシェルジュさん、ミタさんやメイドさん、そして、いつの間にかサプルとレディ・カレットが加わっていた。あ、頭の上にもいましたね。こりゃ失敬。


 カイナーズホームに来たのは覚えているが、店長やコンシェルジュさんに挨拶した記憶がまるでねー。つーか、オレはなにをそんなに夢中になってたんだ?


 なんか真剣に悩んでいたのに、我に返ったら忘れてしまった。オレ、なにやってんだ?


「あ、ワリー。考えごとしてた。まあ、ついでだし、三兄弟の靴でも買うか」


 三兄弟、靴は履いていたが、辛うじて靴の形をしているレベルで、穴だらけだった。あれでは歩くのも大変だし、身だしなみは足元から。靴から始めても問題あるまいて。


「おれ、あいつらの足のサイズ知らねーよ」


「そこはオレの力──ではねーが、なんとかなるから心配すんな。あいつらに合うのを選んでやれ」


「おれがかよ?」


「お前以外、誰がいんだよ。イイのを選んでやれ」


 せっかく来たんだし、オレも靴を買うか。なんか必要になったときのためによ。


 靴はドワーフのおっちゃんに頼んであるので、オレ以外の靴を見て回った。


「ベー。わたしにも靴を買って」


 と、頭の上のメルヘンさんがそんなことを言って来た。なんでよ?


 皆さんは知らないと思うが、プリッつあんは毎日違う靴を履いている。もし、同じものを履いているのを見たらそれは気に入っているから。決してメンドクセーからではないのであしからず。


「最近、ジョギングしてるんだけど、持っている靴では走り難いのよ。なにかいいのを買って」


 ジョ、ジョギングって、あなたの背中にある羽はなによ? 種としてなんか間違ってね?


 まあ、謎の生命体に突っ込んだら負け(なにに負けんだよ? って問うたらさらに負けだぜ)。ここはサラリと流して運動靴を買ってやった。


「あんちゃん、あたしも~!」


「ベー。わたしも~!」


 ハイハイ、好きなだけ買いなさい。戦闘機を何十機と買われるより遥かにマシだわ。


 オレはブーツを中心にサイズ違いのを買っていく。


「ん?」


 靴コーナーをさ迷っていると、靴の手入れ道具が売っているコーナーが現れた。


「そう言や、革靴は手入れしなくちゃならんかったっけな」


 オレには結界があるので手入れ不要だが、普通の革靴は手入れしないとすぐダメになる。


 この時代、革靴は高級で、貴族か金持ち、高位の冒険者ぐらいしか履かない。一般人は木のサンダルだったり、厚手の布靴だったりする。


 ちなみにS級村人も革靴ブーツだけどだぜ。


「ドワーフのおっちゃんに買っていくか」


 この時代にも手入れ道具や専用の油があるだろうが、探すのも手間だし、知識もない。カイナーズホームで済ませるとするか。


「コンシェルジュさん。手入れ道具や油をうちに届けてくれるかい? うちの革職人に使わせたいからよ」


「はい。畏まりました」


 了承されたので、いろんな種類を買う。合うか合わないかの検証はドワーフのおっちゃんにお任せだ。


 買うものを買ったので茶猫のもとに向かうと、なにやらお悩みのご様子。まだ決めてねーのかよ。


「テキトーに選べよ。普段履く靴なんだからよ」


 オシャレな靴を探している訳じゃねーんだ、そこのワゴンに入ってるシューズでイイだろうが。


 ……つーか、十円ってなんだよ? フリーマーケットでももっと高いわ……。


「これでいいのか? すぐ壊れたりしのーか?」


「壊れたらまた買えよ。安いんだからよ」


 物は大切に大事にする主義だが、カイナの力で無駄に生み出されたものにはなんらありがたみも感じねー。もう無駄に消費しろ、だ。


 茶猫についたコンシェルジュさんにテキトーに選ばせて、無限鞄に放り込んだ。


「あ」


 ふと思い出した。茶猫に履かせるブーツ、なにがイイか考えてたんだった。


「あんちゃん、どうしたの?」


「いや、なんでもねーよ。それより、靴はもうイイか?」


 靴には我を失わなかったようで、サプルもレディ・カレットも三足しか買わなかった。どっかの大統領夫人のような二人じゃなくてなによりだ。


「うん!」


 サプルの笑顔に頷いて見せた。


「んじゃ、次は下着を揃えるか。コンシェルジュさん、頼むわ」


「はい。こちらになります」


 白髪で白い肌のコンシェルジュさんに後に続く。


 ……まっ、ブーツはまたあとで考えるか……。


 オレは、お楽しみは最後に取っておく主義。そのときまで待ちましょう、だ。

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