第899話 伝作り
「……まだ、帝国の土地についてそう詳しくはないので、上手くは言えませんが、バリッサナはバイブラスト領周辺にはなかったですよね?」
大まかな帝国の地図はあるが、バイブラスト領の周辺は伯爵領や男爵領ばかりだと、以前、公爵どのに聞いたような気がする。
「はい。位置的にはバイブラスト領とは反対の位置にあります」
広大な帝国領。大まかな帝国地図でも、その広大さはよくわかり、端から端までとなると軽く千キロは離れてるんじゃねーだろうかと思うくらい離れてる。
「……よく、仕入れられますね……」
帝国の大動脈たる街道はいたるところに走り、毎日のように隊商が動いているとは言え、千キロは離れ過ぎている。採算なんて取れんのか?
「なに、ちょっとした伝がありましてな、儲けが出るくらいには仕入れられております」
ほぉう。そりゃまたスゲー伝を持っていること。さすが公爵どの(いや、奥さんかな?)が紹介する商人なだけはある。
「それはなにより」
とだけ答え、紅茶をいただいた。
笑顔でこちらを見るナルセイラだが、その思考は加速度的に働いているだろうな。
紅茶に驚くことはなく、確かめるような問い。バリッサナを知るような口振り。深く問いかけてこないこと。さぞや頭の熱は高まっていることだろうよ。
「……ところで、べー様は、どんな商売をなさっているので?」
答えが出ないことに諦めたのか、別の方向から攻めて来た。
「そうですね~。どんな、と正面から問われると、すぐには出て来ませんね。わたしのゼルフィング商会もナルセイラ殿と同じく、いろいろなところから商品を仕入れ、欲しいところに売ったり、誰もいかない場所に赴き、その土地のものを仕入れる。他にも食料品店や宿屋もやっていおりますからな」
ってか、ゼルフィング商会って何屋だ? 総合商社か? なんでも屋か? 我ながら意味不明な商会だよな。
「手広く商売をなさっているのですね」
「恥ずかしいことに、儲かると思ったらすぐに手を出してしまう性格なもので。それでよく下の者に怒られます」
アハハと情けなく笑って見せた。
そんなオレに、それは困ったものですねと、苦笑混じりに答えているが、その目は笑っていなかった。
……ほんと、マジでやっている商人はおっかねーぜ……。
「美味しい紅茶をありがとうございました」
紅茶の淹れ方もちゃんと習得しているようで、うちで飲んだことがある紅茶とひけは取らず、まあ、たまに飲むにはイイものだったぜ。
「お気に召したのなら少し融通致しますが?」
「いや、紅茶を求める方にお売りください。わたしの口には過ぎたもののようだ」
紅茶はたまにで充分。いつも飲むならやはりコーヒーが一番だぜ。
コーヒーの旨さを再確認(もう何千回としてるけどね)して、金をと思ったが、この出会いを無駄にしたらダメじゃね? と思い止まった。
ゼルフィング商会は、これから帝国に進出する。その場合、協力なり伝なりが必要になって来るし、敵対する商人もでて来るかもしれない。
どうなろうとも味方……とまではいかなくても共通の利益者を作っておくことは無駄じゃねーはずだ。
「……ときにナルセイラ殿。ナルセイラ殿の店でこれを商ってみませんか? ミタさん、毛長山羊の肩かけを出してください」
持っているか賭けだが、オレは持っていると信じるよ!
「……それならわたしが持っているわ。はい」
ミタさんではなく、頭の上の住人さんが答えた。あ、やっぱ無茶ぶり過ぎましたか? メンゴ☆
「……今さらですが、変わったお連れ様で……」
なんだ、まったく触れないから見えてないんだと思ってたよ。
「わたしは、プリッシュ。ゼルフィング商会で衣装関係の仕事を任されているわ」
プリッつあんの紹介に、どう答えてよいのかわからず、曖昧な笑みを見せるナルセイラさん。それが普通の反応だよ。自信を持って!
「まあ、我がゼルフィング商会は実力主義。仕事に種族は問いませんので」
できるならやらせる。それが丸投げ道よ!
「まあ、それはともかく、この肩かけを商ってみませんか?」
よく見てくださいと、ナルセイラに渡した。
手触りや編み目を確かめるが、なぜオレがこれを薦めるのかを必死に考えているのがよくわかった。
「それは、わたしの故郷で飼われている毛長山羊の毛で編んだものです」
「……毛、長山羊ですか。わたしも毛長山羊の存在は知ってますが、ここまで質がよく、こんなたくさんの色があるのは初めて知りました」
「でしょうね。苦労しましたから」
この時代に染めもの技術はあるが、オレが染めに使ったものは花人からもらった花びら。それを濾してつけたので、たくさんの色が生まれたのだ。
「まだ数は少ないので二十点しかお渡しできませんが、いかがでしょうか? 我がゼルフィング商会は、女性にお薦めできるものも扱ってますので」
毛長山羊や毛長牛をボブラ村──いや、ヤオヨロズ国の特産にしたい考えもあるが、ナルセイラを釣るにはオシャレ系がイイだろう。
どうも食料や工芸品ではつけこむ隙がねーように思う。まあ、カイナーズホームから買って来たら別だが、まだここでは使いたくねー。先のために取っておきたいぜ。
「……少し、考えてもよろしいでしょうか……?」
「お好きなだけお考えください。わたしは、しばらくバイブラストで過ごしますので。あ、そのためにお金を用立ててくださると助かります」
と、テーブルにメダルを置いた。
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