第898話 バリッサナ辺境公領
清らかな空気に包まれること二十分。城からの距離、約二キロと言ったところだろうか、目的地の商会に到着した。
まず、ミタさんが外にでて、なにやら誰かと挨拶を交わしている。知り合いか?
んな訳ねーかと、出ようとしたら、レディ・カレットとサプルに先を越された。
「ベー様、どうぞ」
と、言われて馬車から降りたら、たくさんの人が並んでいた。なによ!?
「いらっしゃいませ、べー様」
あまりのことに驚いていると、身なりのよい、長年商売に身を投じてきた初老の男がオレの前に現れた。
「バルエトラ商会の会頭、ナルセイラと申します。お目にかかれて光栄です」
どう言うことよ? と、ミタさんを見る。
「公爵様の親戚で外国から留学してきた貴族の子息と言う設定らしいですよ」
囁くように答えたのは背後の幽霊さん。いつの間にそんな設定を作って、共有し合ってるのよ?
すっかり忘れていたが、幽霊を見ただけで銃をぶっぱなしていたミタさんがレイコさんと情報を共有してるとか、想像できないんですけど……。
「いかがなさいましたか?」
反応を見せないオレに首を傾げる……なんだっけ? このじいさん?
「ナルセイラ、ですよ」
サンキューです、レイコさん。
「いや、失礼。なるべく穏便に済ませたかったのだが、口止めが行き届いてなかったようだ。すまない、ナルセイラ殿」
しゃーない。誰が決めたか知らないが、その設定で進めるか。
「いえ、謝罪など不要でございます。公爵様の善政により、我々は商売繁盛に勤しんでおります。そんな大恩ある公爵様の願いならば喜んでお応え致しますとも」
ほ~ん。本音はともかく、受ける感情からしては、公爵どのの采配は受け入れられてはいるようだ。まあ、奥さんが頑張っているんだろうけどよ。
「しかも、あの場所からメダルを授与される方とお付き合いできるのなら、これに勝る商機はありません」
そう言うものなんだ、あのメダルって。
「ナルセイラ様。そろそろ中へ」
と、ナルセイラの背後に控えていた、若い男がそう囁いた。できそうな雰囲気からして秘書か番頭かな?
「お、おお、そうだった。客人を店先に立たせるなど、このナルセイラ、一生の不覚。申し訳ありません」
ちょっとわざとらしいが、おちゃらけることで場を和ませるのは好感が持てる。こちらが固っ苦しいのを嫌うと見抜いたのだろう。ちょっと侮ってたかな?
「気になさらず。どこにでもいる村人として過ごそうとしてましたから、扱いなど雑で結構。なんなら普段の口調でお話しください」
そろそろ限界。口が痒くなってしょうがねーわ。
「ふふ。お若いのに場慣れしておりますな」
「この歳ですが、商会を一つ、支えてますからな、ナルセイラ殿のような方と付き合うのは慣れております」
さらになにか言いそうになるが、秘書だか番頭だかの男に咳払いに、言葉を飲み込んだ。
「とりあえず、中へとどうぞ。我が商会で扱っている最高級のお茶で喉を潤してください」
まあ、店先で金を受け取るのもなんなので、中へと入ることにした。
ナルセイラの言葉と店の中を見た限りでは、どうやらこの商会は、貿易商のようだ。
「結構、広範囲と取引しているようですね」
そう口にすると、ナルセイラの肩が微かに反応した。
「はい。いろいろ手広くやっております」
即座に、でも不自然にならないように返すとか、本当にできる商人のようだ。さすがだよ。
で、案内されたのは豪華ではあるが、そう派手ではない、なかなかセンスってある客室だった。
「うちの専属木工師に見せたら歓喜しそうだ。一級品のグロモールの木とは凄い」
この大陸では珍しくもない木だが、樹齢百年を越すものは質がよく、伐った後、五年くらい寝かせると、なんとも見事な艶を出すのだ。
それだけに市場にはなかなか出回らず、木工職人の垂涎の的となっている、とサリネに聞いたことがある。
「べー様は、博識でいらっしゃる」
「木工師の受け売りです」
そんなたわいもないことを話していると、ドアがノックされ、メイドと言うには野暮ったい服を着た、三十過ぎくらいの女が押し車を押して部屋に入って来た。
押し車に載るお茶に顔をしかめそうになるが、必死に我慢。出されたお茶をいただいた。
……あったんだ、この世界中にも……。
「フフ。いかがですかな? バリッサナ辺境公領から仕入れたものです」
バリッサナ? なんかどこかで聞いたような……聞かなかったような……どうにも思い出せんが、気になることを解決しよう。
「なんと言うお茶で?」
「紅茶と申します」
それで思い出した。と言うか、連想で出て来たわ。バリッサナ辺境公領って、カイナの故郷じゃねーか!!
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