第894話 最強のワンダフルライフ
湖にクルーザーを浮かべ、日に日に深まるバイブラストの秋を感じていた。
風景がカナダに似ているせいか、たった五日なのに、日に日に気温が下がって行くのがわかった。
「コタツが欲しいな」
火鉢でもイイから温かさが欲しいぜ。
「ねぇ、いつまでのんびりしてるの?」
モコモコ族の毛で編んだソファーに寝転ぶメルヘンが、煎餅片手に尋ねて来た。
……つーか、オレ以上にのんびりしてるよね、あなた……。
「飽きたなら好きなところにいってもイイんだぜ」
別に行動を規制しているわけじゃねーし、止める気もねー。暇ならコーリンのところにいけや。
「飽きたわけじゃないわよ。ただ、そろそろ買い物にいかなくてもいいのかと思って訊いたの」
あー、確かに買い物もしなくちゃならんかったっけな。
「じゃあ、明日から買い物するか」
のんびりするのが主目的地だったが、ダーティーさんが接触してくるかと思って待ってもいたのだ。
婦人には見られているとは言ったが、ダーティーさんには見せつけていたのだ。
あのダーティーさんは、オレが想像する以上に慎重で、所属している団体(または国)を第一としているようだ。
まあ、それならそれで構わんし、それぞれの主義主張だ。それを通すならオレは応援するよ。
「……縁がなかったってことだ……」
ダーティーさんがどんなところで育ったのか興味があったんだが、しょうがない。考えを変えるか。
「ドレミ」
猫型ドレミに声をかけると、すぐにメイド型にトランスフォームした。
「はい。なんでしょうか?」
「小さくでイイから分離体を湖に放ってくれるか? 湖の調査を頼みたいんだわ」
「なぜです?」
久しぶりの幽霊登場。あなたも結構自由よね。
「万が一、ダーティーさんの住処と繋がっていた場合に備えようと思ってな」
「敵対すると?」
「それはわからん。だからこその備えだ」
ダーティーさんの性格がそのまま種族の性格になるなんてことはねーが、方向性として考えるなら油断できない種族だと思う。
それに、切羽詰まった感じからして暴走しないとも限らない。備えをしていて損はないだろう。
「畏まりました。小魚程度であれは二十匹は分離させられますし、いろはからも分離させます」
その辺はドレミに任せる。イイようにやってくれ。
なにをするでもなく、バイブラストの景色を眺めていると、どこからかエンジン音が聞こえ来た。
「……一台だけ、って感じじゃねーな……」
複数台が走っている音の重なりだ。
「先日、公爵様が同好の志を集めてレースをしているそうです」
常にオレの側にいたのに、ここじゃないところの事情も知る万能メイドミタさん。あなたも電波を受信できるタイプですか?
「あの公爵さまは、ちゃんと仕事してんのか?」
まあ、仕事をしてねーオレのセリフではないがよ。
「あれも仕事のようですよ。派閥作りの」
ふ~ん。貴族も群れなきゃやってられないか。世知辛いもんだ。いや、人の営みなんてそんなもんだったな。
「ミタさん。公爵どのか夫人に領都で買い物するように伝えてくれるか」
「では、カティーヌ様にお伝えします」
カティーヌ? 誰だっけ? まあ、誰もイイか。メンドクセーことはミタさんに任せればイイように話を進めてくれるだろうしな。
「あ、そう言えば資金がなかったっけ」
公爵どのからもらった金は、ゼルフィング商会が動くために渡したので、帝国で使える金がないんだった。
「お玉さんのところで換金してくれっかな?」
「でしたらこれを」
と、ミタさんが金貨……じゃねーな。なんだ、このメダルっぽいのは?
「カイナーズホームで例えると、ブラックカードに匹敵するものです。大手の商会で帝国金貨百枚まで下ろせるそうです」
「……それをなんでミタさんが持っているわけ……?」
いや、ミタさんなら持っていても不思議じゃねーけどさ。
「レヴィウブに出した店の売り上げです」
店? 売り上げ? って、そう言や店を出すようなこと言った記憶があるな。
「ってか、どんだけ儲けてんだよ!?」
なにを売ればこんなものもらえんだよ!
「カイナーズホームから安く仕入れたお酒や甘いものを売っていたら大繁盛したようで、マダムシャーリーからべー様にと渡されました」
「……あこぎなことしてんな……」
まあ、それはともかくとして、場所代で儲けたから、ってことか?
「まあ、返すのも失礼だし、ありがたくもらっておくよ」
金はいくらあっても困らねーもの。感謝感激雨霰でいただくよ。
「なんか五日間の癒しが一辺に吹き飛んだ感じだわ」
なので、もう二日ゆっくりしてから買い物に出かけることにした。
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