第892話 思いつき
婦人との会話を切り上げ、他のゼルフィング商会の面々と挨拶を交わした。
しかし、うちの商会、こんなにたくさんの種族が働いていたんだな。
まあ、店を出す場所が場所なので、人族が多いが、ヤオロヨズ国の縮小版のようだな。
人魚に魔族にミュータントな亀(的な)、小人に獣人に……人外。いや、なに平然と混ざってんだよ、そこの人外五人組! ってか、カイナもだよ!
「固いこと言うなよ。お前のところじゃないと気軽に来れねーんだよ」
いや、お前ら気軽に来てるじゃねーかよ!
「おれたちが国外に出るとなると、いろいろややっこしいんだよ。だが、お前の周りなら簡単にこれるのさ」
「まあ、あまり騒ぐとおっかねー亡霊が出て来るがな」
「亡霊? お玉さんのことか?」
あれ以上の幽霊がいたら絶対に近づかんがよ。
「……あれをそう呼べるの、グレン婆とお前くらいだろうな……」
「隠居様や居候様にすら怯まないです。当然でしょう」
「そうだな。これで怯んだらべーではない」
「まったくです。この世でべーに勝てるバカはいませんよ」
……お前らはオレを貶めるために来たのか……?
「まあ、イイわ。好きにしろ」
こいつらに空気を読めと言うほうがワリーし、風流がわかるとは思えねー。賑やか要員として場を盛り上げろだ。
「やはりべー話せるぜ! カイナ、じゃんじゃん出せ!」
「今日はうるさいのがいませんしね」
「倒れるまで飲むぞ」
ったく。自由な人外どもだ。
「カイナ。自然を壊さない程度に騒げよ」
「……そのたしなめもどうかと思うけど、まあ、そんなには騒がないよ。最近は静かに飲むのが流行りだからさ」
流行りってなんだよ。お前ら、そんなにちょくちょく飲んでのかよ?
まあ、イイ。今日はゼルフィング商会の従業員を癒すのが目的地だ。部外者は好きにやってろだ。
「ミタさん。飲み物は出てるかい?」
「はい。お酒から果汁まで各種様々な飲み物を用意しました」
できるメイドを持ててオレはしあわせだよ。ありがとさん。
「皆、好きな飲み物を取ってくれ。まずは集まれたことに乾杯しようぜ!」
ミタさんから渡されたコップを受け取り、掲げたら婦人から待ったがかかった。なによ?
「乾杯の前にゼルフィング商会の長としての挨拶をしてください。一同がこうして集まったのですから、訓示なり激励なりを与えてください」
別にいらんだろう。どいつもこいつも今の状況に甘んじているようなヤツらじゃない。隙あらば高みへと突き進むようなヤツらばかりだ。わざわざ言う必要もねーだろうが。
「……それはそうなのですが、でしたら方向性を語ってください。この慰労会もなにか目的があったのでしょう? べーは考えなしのような行動をしているようで、先を見て行動してますからね」
いや、完全無欠に思いつきなんですが。
「その思いつきが油断ならないんだよね、べーって」
部外者は入ってくんな。静かに飲んでろや!
「プリッシュ。べーはなにを思いついたのです?」
なぜかメルヘンに問う婦人。いや、答えられたら共存関係を考えるぞ。
「知らないわよ」
頭の上のメルヘンが素っ気なく返した。ふう~。よかったよかった。
「でもまあ、べーのことだから本当に思いつきなんでしょう。気にすることないわよ。どうせべーの思い通りになるんだから」
「……そうね。べーは思うこと思うままに貫いてましたしね……」
それに納得する婦人。なぜ誰もがこのメルヘンの言葉を聞くのでしょうか? とっても不思議です。
「わかりました。ここは、べーの思いつきに従いましょう」
いや、本当に思いつきでやってるから、そんな裏があるように理解されても困るんですけど……。
「さあ、べー。挨拶をお願いします」
あ、それはやるんですね。わかりましたよ。
演台なんて用意してねーので、結界で創る。ここ、湖面なので。
「もうちょっと皆が見える場所に作ってください」
との婦人のクレームにより、湖の方に結界を拡大して、皆が見えるように演台を創り直した。皆、オレが見えてるかー!
なんてコンサートみたいなことはせず、なぜかミタさんからマイクを渡されたました。なぜに?
「一応、用意しておきました」
さいですか。ありがとねっ。
「おほん。あーあー、聞こえてるか?」
別にマイクいらねんじゃね? ってくらい、皆さんが演台近くに集まってますがな。
「聞こえます」
と、一番離れた場所にいるいろはが答えてくれました。マイクを持たないで。
いろいろ複雑な思いを蹴散らし、挨拶する覚悟を決めた。なんの覚悟は知らんけどよ。
「まあ、なんだ。ゼルフィング商会のこれからの展望はとくにねーが、オレは知る人ぞ知る商会でイイと思う。もし、誰もが知る商人になりたいんなら好きになれ。オレが血反吐流すくらい儲けさせてやるからよ」
「今でも血反吐が流れそうなんですが」
顔は覚えているが、名は知らねー若い男の言葉に周りが笑い出した。
「それは婦人に言って改善してもらえ。オレは金で労うからよ」
そう言うのは婦人の管轄です。
「あと、これから東の大陸や南の大陸にも進出するからそのつもりで。ゼルフィング商会は常に最前線にいる商会だ」
名も儲けも負けたってイイ。だが、ゼルフィング商会が世界を切り開く。もちろん、オレが、ではなく、オレが平和にスローライフを送るために、な。
そんな意図とは知らず、なぜか共感の拍手が起こった。
まあ、なんでもイイわ。今日は従業員を慰労するために集めたんだからな。
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