第837話 美食家

 乾杯の後、冒険クラブの面々の自己紹介を受けた。


「……右から左に流した顔だな……」


 おう! まるで清流のように清らかに流れていったぜっ。


「まあ、顔さえ忘れなければそれでいいよ……」


 それは任せろ。顔は一度見たら忘れねーからさ☆


「一片たりとも信用のない笑みだが、まあ、あとでプリッシュに紹介しておくよ」


 おう! 外付け記憶装置に入れといてくれや。


「アハハ! ベー殿は大物だな」


 ナイスガイのツボにジャストフィットしたらしく、終始笑いっぱなしだった。


「豪快なナイスガイだな」


「また変なあだ名をつけやがったな。なんだよ、ナイスガイって?」


「イイ男って意味だ」


 あと、おもしろいって意味も含んでいる。オレ的には、だけどよ。


「お前って、そう言うところを見抜くのは上手いよな。ナブア伯爵はA級冒険者でもあるんだよ」


 冒険者? それもA級だと?


「貴族が、それも伯爵が冒険者になんてなれんのか?」


 冒険者が貴族になるって話ならよく聞くが、その逆は初めて聞いたぜ。


「実力があればできるさ」


 つまり、実力で勝ち取ったってことか。さすが公爵どのの友達だ。


「ベー様。お話中すみません。お酒を欲しいと言う方がいて、いくつか出してもらえないでしょうか?」


 と、ミタさんが入って来た。


「酒? そりゃ構わんが、ミタさんは持ってねーのか?」


 ミタさんも無限鞄は持っているし、オレ以上に溜め込んでいる感じだったんだがな。


「わたしは、ベー様に合わせているので、ベー様に関係ないものは最小限しか持ってないのです」


 なんかオレに関係ないものを出しているところしか記憶にないんだが……まあ、気のせいとしておこう。


 なら、公爵どのはと見たら、なんか「黙れ」と目が語っていた。


 よくわからんが、公爵どのがそう言うなら黙る方が吉。サラリと流して無限鞄から収納鞄を取り出した。


 以前、酒場のじーさんのところで手に入れた酒で、収納鞄から無限鞄に移すのが面倒だからそのまま無限鞄に放り込んでいたのだ。


「ゴチャゴチャだな」


 そう言や、あのときは片付けるのがメインだったから無造作に収納鞄に詰め込んだんだっけな。時間ができたら整理せんとな。と言いつつなかなかできないんだけど。


「ミタさん。出したの種類ごとに振り分けてくれや」


 たぶん、ミタさんならできるはずだ。


 収納鞄から次々と酒を出していく。入れといてくれなんだが結構あるな。


「ベー様。一旦、出すのを止めてください。もう置き場所がありません」


「もうかよ? まだ半分も出してねーぞ」


 と見れば確かに置き場所がない。大したことねー収納力だと思ってたが、こうして出してみると荷車一台分は結構な量なんだな。


「まずは出したのから売ればいいさ。どうせすぐなくなる。お前が持っている酒はどれも旨いからな」


 そんなものか? まあ、酒好きな公爵どのが言うんならそうなんだろうよ。


「とは言え、さすがに飲みもしないでは語れない。試飲するか。ミタレッティー。グラスや氷、炭酸なんかはあるか?」


「はい。それらでしたらたくさんあります」


 それで酒を持ってないってどう言うことよ? 完全に酒のためのものだよね、それらって?


 まあ、あとはミタさんと公爵どのにお任せするよ。オレには酒のことは語れんしな。と、二人に丸投げして試飲する輪から外れ、カウンターバーっぽいところの席に座った。


「ドレミ。なんか濃いお茶くれ」


 さっき食べたどら焼きの甘さが口の中に残ってやがるぜ。


「緑茶で宜しいですか? 創造主様が飲んでいたものですが」


 エリナが飲んでいたやつか。あれ、イイ渋みがあって旨かったっけ。あ、せんべいもつけて。しょっぱいのも食べたくなったわ。


 どこからか緑茶とせんべいを出す超万能生命体。深くは突っ込みませんぜ。


 緑茶とせんべいを美味しくいただいていると、横の席にナイスガイが座った。


「わたしにもそれをいただけないだろうか?」


 そりゃ構わんが、試飲はイイのかい?


「酒も嫌いではないが、珍しいものに興味が湧く方でね」


 好奇心旺盛なナイスガイだ。ドレミ。出してあげて。


 また、どこからか緑茶とせんべいを出し、ナイスガイに差し出した。


「渋いが、なにか爽やかさがある」


 ほぉ~。なかなか違いのわかるナイスガイだ。


「これは、初めての味だな? 塩のようなしょっぱさだが、深くて味が重なったような旨さがある」


 美食家か、ナイスガイさんは?


「恥ずかしい話だが、世界の旨いものが食したくて冒険者になったようなものさ」


 なかなか変わった動機だこと。でも、おもしろい動機だ。気に入ったよ。


「旨いものに差別はしないんだな」


「旨いは正義さ」


 フフ。本当におもしろいナイスガイだ。


「なら、うちの妹が作ったものでもどうだい? スゲー旨いぜ」


 ほぉうと、目を輝かせるナイスガイ。本当に旨いものに差別しねーんだな。


「いただけるものなら是非、いただきたい」


 おう。なら、いっぱい食えやと、サプルの料理をいろいろ出してやった。


「旨い! こんな旨いものがあったとは! 幸せすぎる!」


 それはなにより。たぁーんと食ってちょうだいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る