第838話 アロミー

 このナイスガイは、美食家でありながら健啖家でもあった。


 まあ、うちの食いしん坊ほど異常ではないが、軽く四人前は食ったぞ。


「……こんな旨いものがあったのだな……」


 まだ余裕があるのか、表情や動きに支障はないようだ。


「足りなきゃまだ出すが?」


「いや、満杯にはしない主義でな、これで止めておく」


 なんでまた?


「さらに旨いものが出てきたときのために余裕を作っておくのさ」


 そりゃまた徹底してるな。どんだけ食に命懸けてんだよ?


「なるほど。んじゃ、コーヒーでもどうだい?」


 ドレミに視線を向けて出してもらう。


「コーヒーというものです。苦ければ砂糖と牛乳をお入れください」


 オレももらい、ブラックで飲んだ。


 旨いは正義というだけあって躊躇いはない。カップに手を伸ばし、一口飲んでみた。


「苦くて、少し酸味があるが、香りはいいな」


 それはそれで飲めるようだが、確かめるために砂糖を入れたり牛乳を入れたりして飲んでいた。


「うん。これがわたしの好みだな」


 自力で自分の好みを見つけたようで、なんとも旨そうに飲んでいた。


「カフェか。ナイスガイは甘党かい?」


「甘党と言うほど甘党ではないが、甘いものも好きだな」


 好き嫌いはないか。本当に食うことが好きなんだな、このナイスガイは。


「いいな、これ」


「なら、コーヒーと砂糖を売ろうか? さすがに牛乳は自力で手に入れてもらうがよ」


 オレは結界術があるので殺菌できるが、他では絞り立てか温めた物しか口にできない。まだ、牛乳は一般的にはなってないのだ。田舎は別だけど。


「おぉ、是非、譲ってくれ!」


 カイナーズホームで買ったインスタントコーヒー(瓶タイプ)をいくつかと一キロ入った砂糖を四つばかり出した。


「白い砂糖とはまた……こんなにいいのか?」


「構わんよ。すぐに手に入るし」


 一キロ三十円で売ってたし、個人で使う量なんてたかが知れている。必要ならミタさんに強請ればイイんだしな。


「ならば、砂糖をもう少し譲ってもらえるか?」


「イイよ」


 無限鞄に入っている砂糖をすべて出した。テキトーに買ったが、大してなかったな。


「こ、こんなによいのか!?」


 こんなにって、二十キロちょっとだろうが。


「なるほど。あのバイブラスト公爵が友だと言うだけはある……」


 公爵どのも帝国では奇人変人扱いか。まあ、人外見てたら一般人と誤差みたいなもんだけとわな。


「でも、砂糖なんてどうすんだい?」


 いや、砂糖は貴重なものだが、伯爵自ら欲しがるものなのか? 帝国には甜菜みたいなものがあると聞いたことあるんだが。


「プレミーを作るためだ」


 プレミー? なんだいそれ?


「我が領の伝統的な焼きお菓子だ。熟したアロミーを蜂蜜漬けにしてパイ生地で包んだもので、ニーをかけると絶品なのだ」


 なにか、そんなお菓子あったな? なんだっけ?


「聞いていると食いたくなるな」


「そうか! 少し待っていろ!」


 と、いきなり席を立ち、部屋を出て行ってしまった。なによ、いったい?


 十五分くらいしてナイスガイが戻って来た。なにかたくさん抱えて。


「これがプレミーだ」


 テーブルに焦げ茶色したドーム前したものを置いた。


 ……アップルパイか……?


 前世でそれほど食したことはないが、お菓子屋では何度も見ている。


 ドレミがフォークを出してくれたので、受け取ってプレミーなるものをいただいた。


「……旨いな……」


 ちょっと酸味はあるが、風味ていどでハチミツの甘さを抑えられててちょうどよくなっていた。


「だろう!」


 スゴく喜ぶナイスガイ。確かに旨いが、そんなに喜ぶものか?


 アップルと言えばアップルのような味だが、どことなくパイナップルの味もするな? 初めて食ったわ。


「これがプレミーのもとになるアロミーだ」


 形はりんご。色は紫。サイズはミカン(Lサイズのね)。ファンタジーだこと。


 もとの味は? とアロミーを齧ってみる。


「……旨いな……」 


 プレミーで食ったときより味は薄いが、酸味がイイ感じになっている。こっちで食うと、パイナップル感が強いな。


「だろうだろう。我が領の自慢で特産だ」


「こんだけ旨いと人気がありそうだな」


 オレ、この味好きだ。


「……それがそうでもないのだ……」


 なぜか肩を落とすナイスガイ。不人気なのか?


「隣の領で作っているバイロに人気を取られているのだ」


 と、桃色した木の実っぽいものが詰まった瓶をテーブルに置いた。


 たぶん、食ってみろとのことだろうからフォークで一粒刺し、食べてみる。


「……甘いな……」


 まるでメロンのような味で、高級だとわかる味だった。なるほど、これの前にはアロミーは霞むな……。


「確かに甲乙つけるとしたらこれだな」


 二つ並んでいたら九割はバイロを取るだろうよ。オレも好みで言うならバイロだろう。


「だが、アロミーも捨てがたい」


 アロミーを食ったとき、なぜかりんご飴を思い出し、なんか無性に食いたくなった。


「……もしよければ、このアロミー、大量に買いつけてもイイかい? そちらの言い値で構わんからよ」


 オレの勘が言っている。これは買いだと。


「どのくらいだ?」


「可能な限り」


 なんなら限界を超えてもイイぜ。


「イリーグ・ナブアの名に誓って用意しよう」


「なら、ヴィベルファクフィニー・ゼルフィングの名に誓ってすべてを買い取ろう」


 お互い、真面目な顔で誓い合い、笑顔で握手した。

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