第752話 カモーンエブリバディ
瞼を開けると、視界いっぱいに魔王ちゃんの顔があった。
「…………」
「…………」
見詰め合うオレと魔王ちゃん。そこからどうしろと?
無言のまま見詰め合っていると、魔王ちゃんがふいに視線を外し、また視線を戻すと、なにかをオレの口に突っ込んだ。なんだいいったい!?
「リンゴ、食べる?」
いや、口の中に突っ込む前に言えや。
……ん? リンゴ……?
口の中に入ったものをシャリシャリと噛むと、なんとも懐かしい味がした。
「旨いな。ジョナゴールドか?」
前世で親戚がリンゴを作っていたから味で種類がわかるのです。ちなみにオレは王林が好きです。
「知らない。病人にはリンゴを食べざるのがいいから、ベーが目覚めたら食べさせろってメガネ巨乳が言ってた」
メガネ巨乳? って誰や? つーか、ここどこだ? オレ、なんでこんなところにいんだよ?
上半身を起こして辺りを見回すと、八畳ほどの和室で、ザ・客間って内装をしていた。
「……夢、ではねーな。どうなってんだ、いったい……?」
確か、ご隠居さんとメルヘン、ドレミにレイコさんとゼロツーに乗って、どこかへ行こうとしていたはずなんだが、そこからまったく記憶がない。どうなってんだよ、これ……。
「ベー、リンゴ食べろ」
リンゴ丸ごと口に突っ込んで来る魔王ちゃん。いや、食えねーよ!
「その気持ちだけもらっておくよ。ってか、そこにあんのリンゴかよ! リンゴでオレを殺す気かっ!」
まさにリンゴ殺人事件だよっ!
クソ! 魔王ちゃんの背後がやけに赤いなと思ったら、リンゴかよ! どんだけ食わそうとしてんだ、メガネ巨乳とやらは!
まあ、せっかくだから全てもらうけどさ。と、無限鞄に詰め込んだ。あとでサプルにリンゴ飴作ってもらお~っと。
「で、ここどこよ?」
ウサギさんカットされたリンゴをシャリシャリと食いながら魔王ちゃんに尋ねる。
「メガネ巨乳の家」
だからメガネ巨乳って誰だよ? オレの知り合いにメガネで巨乳と言や……いたか? 皆さんひ──殺気! いえ、皆さん素晴らしいお胸を持つ方ばかりでした。
「そ、そうか。ご隠居さんはどうした?」
ここがどこかは知らんが、ご隠居さんもいるはずだ。帰るならちゃんと挨拶してから帰るタイプだからな、あの人外さんは。いや、オレの勝手な見立てだがよ。
「じじいならしっぽじじいと将棋してる」
じじいとしっぽじじい? って、じじいはご隠居さんのことだよな。しっぽを生やしているじじいって……いっぱいいるよ! 基本、獣人はしっぽ生えてるから!
いや、待て。しっぽじじいがなんであるの前に、この胸にわだかまる不安はなんだ? 魔王ちゃんのセリフになんか嫌な予感がするんですけど……。
「……ち、ちなみにプリッつあんは……?」
「羽女ならヘビとブタモドキとシロモコと遊んでいる」
なんとなくわかって来たけど、まだオレの理性が拒否してます。
「ミタさんは、どうした?」
「黒耳なら部屋の外に立ってる」
いや、まだだ。まだ、オレの理性は戦えるっ!
「レイコさんは?」
「ベーの後ろにいる」
振り返ったらいました。あなた、キャラ濃いんだからもっと存在感出そうや。
「いや、わたしの存在を忘れるベー様が異常ですから。わたし、ここまで存在を否定されたの死んでから初めてです」
いや、そんなたとえ知らねーよ。つーか、存在を示したいのなら前に出ろよ。人の目は前にしかついてねーんだからよ。
「ベーは、幽霊相手でも無茶を言うんだな」
え? オレなんか無茶言ったか? 至極まっとうなこと言ったつもりなんですけど。
ってか、そんなことはどうでもイイんだよ。今は魔王ちゃんのことだ。
「ま、魔王ちゃんって、名前覚えるの苦手な方?」
「別に苦手じゃない。ただ、覚える気がないだけ。でも、ベーは別。ベーは我の師匠だから」
「あ、うん、気がないんならしょうがねーな」
わかってる。わかってるとも。皆の言いたいことはわかる。だからちょっとオレに時間をくれ。
………………。
…………。
……。
よし、カモーンエブリバディ。オレは真っ正面から受けて立つぜっ!
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