第753話 記憶改ざん

「名前なんて覚えなくても支障はねーさ」


 ハイ、暴論です。でも、今生のオレはそれで生きて来ました。不自由に感じたこともありません。


「でも、大切な仲間や守るべき者の名前は覚えろよ。それは、魔王ちゃんの宝なんだからよ」


 名前を忘れるオレでも家族の名前くらいは……覚えてませんね。トータは、トゥーなんとかで、おとんの名前は……ヤベー! 完全に出て来ねーよ。


 ……帰ったら家族の名前確認しなきゃな。トータの名前は本人から聞くとして、おとんの名前はオカン……は知らんか。縮めた名前しか知らねーとか前に言ってたし。あ、墓に名前を刻んでおいてたっけ。忘れたとき用にって。


 ……もう転生しているだろう父上様。墓参りしてるのに名前を覚えられない息子でごめんなさい……。


「わかった。大切な者の名前は覚える」


 まあ、やる気を出したら覚えられんだから問題ないだろう。


 よし! オレもやる気を出して名前を覚えるぜ!


「……プリッシュ様ではありませんが、その顔はやる気のないときの顔だってのはわかります……」


 おっと。突っ込みはノーサンキューだよ、レイコさん。


「ミタさん。中に入って来てくれや」


 障子戸なので聞こえるだろうと呼ぶと、すぐに障子戸を開けてミタさんが現れた。


「ご気分は回復したようですね。なにか飲み物をお持ちしましょうか?」


「そうだな。リューなんとかってお茶あるかい? 確か公爵どのが持って来たものだったと思うが?」


 玉露っぽい味がしたヤツ。あれはコーヒーと対を為すまったり茶だ。


「リューゲルですね。少々お待ちください」


 と、客間に上がると、別の障子戸を開けて中へと入っていった。台所完備なのか?


 しばらくしてお盆に湯飲みを乗せて戻って来た。


「お待たせしました」


 湯飲みを受け取り、リューゲルをいただいた。


 熱くして飲むものじゃないようで、以前飲んだときのようにすんなり飲める温度だった。


「やっぱこれ、旨いな」


 コーヒーほど病みつきになるほどじゃねーが、マンダ〇タイムには加えてもイイ味だな。


「公爵様の話によれば、とある少数民族が自家用に栽培しているとかで、とても貴重なようですよ」


「さすが冒険公爵。イイ伝を持ってやがるぜ」


 まったく、羨ましいこった。


「ベー様の伝も生半可ではないんですが。特にエルフから仕入れるミント茶、メイドの間では大流行で、入手困難になってますよ」


 あーまあ、確かにエルフ──リュケルトのところは閉鎖的で、外との交流は滅多にない。まあ、食糧危機と病気でちょっとは考え方が変わって来たが、それでも交流してるのはオレと他のエルフぐらい。ミント茶なんてそう簡単には手に入らんだろうよ。


「そっか。リュケルトが来たとき頼むんだったな」


 リュケルトのところでは普通に飲まれるもので、庭先に勝手に生っているものらしい。


 まあ、栽培しているものじゃないんで、リューゲルと同じく自家用としての量しかねーから大量には持って来てもらえねーがよ。


「プリッシュ様の能力で大きくすればよろしいのでは?」


 と、レイコさん。なるほど、その手がありましたね。


 無限鞄からミント茶の茶葉が入った瓶を取り出し、伸縮能力でドラム瓶にする。


「当分のしのぎにはなんだろう。足りないときは言ってくれ。まだ七つはあるからよ」


 もらった当初はよく飲んでたが、やはりコーヒー(当時はモドキのものね)が一番と、飲まなくなったんだよな。


「ありがとうごさいます。皆も喜びます」


 お茶は飲まれてこそ価値がある。そして、好きなヤツのところにあってこそ意味がある。おねしょしない程度にたくさん飲めや。


「では、代わりにリューゲルを渡しておきますね。リューゲルはサプル様とベー様しか飲まないので」


 そうなの? こんなに旨いのに……。


「どうも魔大陸に住んでいた者には甘すぎるようですね。お菓子とかは普通に食べるんですけど」


 まあ、種族的にも食生活的にも違いはある。そんなこともあるだろうさ。


「つーか、リューゲルって花の蕾だったんだな」


 乾燥しているので茶色が、大きさはタンポポの花くらい。それが瓶に詰まっていた。


「はい。開花してからだと苦味になって飲めたものではないそうです。ですが、精神を安定させる薬になるとかでそちらの利用のほうが多いそうですね」


 へ~精神を安定させる薬ね~。先生なら知ってっかな? レイコさん返しに行ったときにでも聞いてみるか。覚えてたら、だがよ。


 デカくするのは後々ってことで、今は無限鞄の肥やしにしておく。


「で、話は変わるが、ここどこよ? なんでオレ、寝てたんだ?」


 そこら辺のこと、まったく記憶にねーんだけどよ。


「ここは、一時館いっときかんです」


 一時館? って、エリナのところか。そー言や、エリナのところへ行こうとしてたような気がする。なにしに……あ、魔王ちゃんのことを言いにか! ヤオヨロズの国の王にするためによ。


「寝ていたのはエリナ様がベー様にお酒を出したからです」


 エリナがオレに酒? そんな記憶、まったくねーんだけど。ってか、エリナ、酒なんて飲むのか? 緑茶しか見たときねーけどよ。


「なんでも最近、甘酒に嵌まっているとかで、ベー様に勧めて、お茶と勘違いしたベー様が飲まれてしまい、倒れてしまいました」


 え、そんなことがあったの!? マジで記憶がないんだけど!


 でもまあ、酒が飲めねーオレならあり得るかもな。前世でも似たようなことあったし。


「オレが寝ている間、なんかあったかい?」


 暴れてなければ幸いだが。


「いえ、なにもありませんでした」


 そっか。なにもないのならイイか。別に二日酔いもねーしな。


「んじゃ、エリナのところにいくとするか」


 なんかとっとと用事を済ませて帰りたい気分だしよ。


 ミタさんを先頭に、エリナのところへと向かった。

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