第663話 ニューブレーメン
あれから六十年。オレも年をとったもんだ。
親父殿もオカンもあの世にいき、ゼルフィングの館も子や孫で賑わっている。
充分生きた。なんも思い残すことはねー。
「イイ人生だった。ありがとよ」
ヴィベルファクフィニー、往年七十二歳。大往生で、逝く……。
「またあれから何年ごっこ? いい加減現実に帰ってきなさいよ」
「……あれから何年ごっこじゃねーもん。大往生ごっこだもん……」
フンと鼻を鳴らし、壁際に転がった。
「どっちにしろごっこじゃない。不貞腐れるのも大概にして現実を見なさい」
メルヘンに現実を諭されるファンタジーの住人オレ。現実ってなんだろうね?
「もう許してあげなさいよ。別にいいじゃない。創作物なんだからさ~」
「本当に申し訳ありません。マスターにはよく言ってきかせますのでお許しください」
遠くから『カンニンでござるぅ~』とか聞こえるが、幻聴なので気にしません。だってオレ、ミノムシ《簀巻き》だもーん。ミノムシ《簀巻き》には関係ないんだもーん。
「まったく、手間がかかるんだから。まあ、いいわ。ここに来たの、そっちの二人、と言うか、一族のことなんでしょう?」
なにやら勝手に始めるメルヘンさん。好きにしたらイイんだもーん。
「はい。どうかハルジストに土地を、未来をくだされ!」
「あ、いや、頭をお上げください。わたしはマスターの下僕。しがないスライムです。それに、我々もベーさまの心遣いで生きております。ベーさまがお決めになったことなら我々は従うまでです」
「あ、あの、王と言うのは、いったい……」
「恥ずかしながらそこにぶら下がるのが我々のマスターでございます」
正確に言うなら、逆さミノムシ《簀巻き》になってる害虫です。
「……え、えーと、その、なんと申しましょうか、えーと……」
言葉が出てこないポニテさん。ここで出たらある意味スゲーよ。
「お気になさらす。どうしようもないマスターなので。お見捨てにならないベーさまには感謝しかありません」
害虫だけなら見捨てたさ。あれに生存権はねー。
「なんだかんだ言ってベーはお人好しだからね。まあ、そのお陰でわたしたちは救われたんだけどさ」
「おれもさ。エルフかどうかなんて関係ねー。気に入ったか気に入らねーかだ、ってな。仲間に罵倒されようがおれを、いや、村を救ってくれた。返しきれない恩ばかり増える」
オレが決めて勝手にしたこと。恩なんて返されても迷惑なだけだ。
「まあ、ベーはいらないと言うだろうが、勝手に返させてもらうさ」
「はい。このご恩は必ずお返しします」
知らんがな。勝手にしろ。
「えーと、今更ですが、マスターに仕えるバンベルと申します。お話は、そこのドレミを通じて聞いておりました。土地の件は大丈夫でございます。お気に入りの場所にお住みください。ただ、我々は世間で言うところの魔物。お目汚しでしょうがご了承ください」
「とんでもない! 我々にも恩を感じる心はあります。ベー様が守る方々をそんな目で見る恥知らずではありません。ましてや王の配下に無礼を働かないと誓います。もし、そんな恥知らずがいたら我が直に裁きます!」
それができたら何百年何千年と引きこもったりはしねーが、やると言うならやればイイさ。艱難辛苦を乗り越えろ、だ。
「まあ、ほどほどにお願いします。マスターは血を見るのが苦手なもので」
「はい。できる限り穏便に済ませます」
なにやら場が柔らかくなったようなので、そろそろミノムシ《簀巻き》を解いてくださいませんかね。つーか、オレの力と結界でも破れないロープってなによ。逆に感心するわ。
修羅と化したオレを取り押さえるロープもスゲーが、一番スゲーのはアリザだ。
え、いたの!? とか驚いたら負けだぜ。オレは周りを見ないようにできる才があるんだからな。クック。
で、だ。そのアリザが修羅化したオレを殴る蹴るの百烈拳。それに耐えるオレもどうかと思うが、戦闘力センス0のオレに反抗などできる訳もなく、不可思議なロープでミノムシ《簀巻き》にされたのだ。
ちなみに害虫を逆ミノムシ《簀巻き》にしたのはバンベルです。さすがに恩人に対して無礼だと激怒してな。
……逆らうことはできないが、教育的指導はできるんだとよ……。
しゃべってないで早く解いてよと思ってると、なにか振動が体に伝わって来た。地震か?
「また、あの子たちですか……」
この振動に心当たりがあるのか、バンベルがため息をついた。スライム形態で、な。つーか、わかるオレもどうなのよ?
バン! と、ドアが開くと、カバ子とルンタが現れた。
「アリザ、来てるの!」
「アリザいる~?」
なにやらアリザの来訪を尋ねるカバとヘビ。なんなん?
「リリー! ルンタ!」
と、嬉しそうに声を上げるアリザさん。これ、なんて再会物語?
「アリザ!」
「アリザだ~!」
戯れるカバにヘビに山羊(の獣人だったっけか?)。なんのニューブレーメンだ?
「プリ、皆と遊んでくる!」
「夕食まで戻って来なさいよ」
やれやれと肩を竦めるメルヘン。お前はオカンか! つーか、あなたもニューブレーメンの一人では?
「わかった。ベーも連れていくね!」
はぁ?
なぜにと思う前に足をつかまれ、部屋を連れ出された。
――イヤァアァァァアァァァッ!
その日、オレの記憶はそこで途切れてしまった。
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