第662話 修羅

「クヒヒ。お姉様がお待ちですよ~」


 バーザのおっちゃんの娘が荷車台の陰から顔をだけを見せていた。


 ヒィ! と我ながら情けねー悲鳴を上げてリュケルトの後ろに隠れた。


 なんだよあいつ、裸体像マッチョマンの後ろにいたと思ったら、鎧の後ろから現れたり、柱の後ろから現れたり、オレの逃げる方向に現れやがる。まさに回り込まれているのだ。


「ベ、ベー。お前がそんなに恐れるって、なに者なんだ、あいつは?」


 ヤヴァイもんだよ。関わっちゃダメなヤヴァイもんなんだよ。


「クヒヒ。これは失礼しました。わたし、お姉様の義妹で、コンゴウジアヤネと申します」


「いや、そんな名前じゃなかったよねっ!?」


 ま、まあ、元の名前は知らんけど、コンゴウジアヤネなんて名前、この世界にねーよ!


「クヒヒ。嫌ですわ、ベー様ったら。コンゴウジアヤネは、ペ――いえ、ソウルネームですわ。お姉様につけていただきましたの」


 なんだよ、ソウルネームって! 今確実にペンネームって言おうとしたよね! 聞きたくねーけど、我慢できなくて突っ込んじまったわ!


「ドレミ、なんとかしてくれ!」


 唯一、そちら側に属しているドレミに丸投げした。


「アリュエ様。マスターが怖がっているので下がっててください。創造主様のところには、わたしが案内しますので」


 いつになく感情を露にするドレミさん。なんか怒ってる?


「クヒヒ。それは申し訳ありません。では、物陰に隠れます」


 クヒックヒッと変な笑いをしながら裸体像マッチョマンの陰に隠れた。でも、存在だけはビシバシ感じます。存在も消してください。つーか、オレの前から消えてくださいませ。


「なんと言うか、乙女なベーもいいものね」


 誰が乙女じゃ!! 見てないで助けろや!


「クヒヒ。眼福眼福。いい光景でございます」


 ヒィイイ! と、リュケルトの背中を押してマンションへと駆け込んだ。


「ちょ、や、止め、お、おい、ベー!?」


 リュケルトがなにか叫んでるが、今のオレに確かめている余裕はねー。一刻も早くあのヤヴァイ生き物から距離を取りてーんだよ。


 ホールを突き抜け、エレベーターへと乗り込み、クルリと回転してリュケルトを盾にして奥に隠れた。


「ドレミ!」


 ボタンが押せないのでドレミに頼んだ。なんで無駄に広いんだよ、このエレベーターはよ!


 エレベーターの扉が閉まると、ホッとしたのか床に崩れてしまった。


「いったいなんなんだ?」


「さあ? 気にしなくていいわよ。あ、わたし、プリッシュ。よろしくね」


「え、あ、ああ。おれは、リュケルトだ。と言うか、羽妖精がここにいるんだ? 聖霊の領域から出ても大丈夫なのか?」


「ええ。大丈夫よ。ベーもだけど、ここら辺は聖霊の領域より聖霊に満ちてるからね」


 なにやらオレを無視しておしゃべりする妖精(エルフも妖精種なんです)ども。ちったー優しさを見せやがれってんだ!


 そんなこんなで七階に到着。ん? 七階? 五階じゃなかったっけ?


「いらっしゃいませ、ベーさま。アヤネが失礼しました」


 もうここではコンゴウジアヤネに決定されているようだ。変える意味がわかんねーよ!


「ほんと、あれ、なんとかしろよ! あんなヤヴァイもん放し飼いにしてんじゃねー!!」


 隔離しろ、隔離。二度と出て来ないようにしやがれ!


「申し訳ありません。マスターがいたくアヤネを気に入りまして、その、なんともうしましょうか、いろいろやってしまいまして……」


 なんかもう、それだけでわかっちゃったよ。人間辞めました的なアレになっちゃったのね。つーか、他所さまの子になにしちゃってんの、あの汚物は? ショッ〇ーより質ワリーわ!


「まあ、イイわ。オレに関係ねーしよ」


 被害を被……ってますけど、近寄らなければイイだけ。関わらなければイイだけ。この腐魔殿で好き勝手やってろや!


「で、病原菌はどこだ?」


 部屋を見渡すが、病原菌がどこにもねー。隔離したのか?


「え、えーと、その、なんでして……」


 バンベルがプルプルと震えている。ワリー。その表現方法、オレには高度すぎっから止めてくんね?


 バン! と、ドアを勢いよく開く音が響き渡った。


「アヤネ! 新作でござる! ヴィーどのがウケの……」


 と、オレが視界に入ると、汚物は手に持っていた紙の束を落とした。


 床に広がるそれ。それには表現し難い内容のマンガが描かれていた。


「…………」


「…………」


「ア、アハハ」


「ウフフ」


 自分でもわかるくらい慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ズボンの両ポケットから殺戮阿吽を抜き放つ。


「カンニン☆ でござる」


「ブッ殺す!」


 その日、オレは修羅となった。

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