第649話 浮き輪

 フー。フー。フー。落ち着けオレ。静まれオレのパトス。これでは身がもたんぞ。


 轟牙を装着したままオレの中で荒ぶるロマンを押さえつける。


「えーと、なに状況?」


 プリッつあんやミタさんが来たが、押さえつけるのが精一杯なのでドレミに目で説明するように求めた。


 超万能生命体にはそれでわかったらしく、ことの状況を集まった者たちに説明し始めた。


 這いずるようにその場から移動し、手頃な岩にうつ伏せになり、轟牙を脱いだ。


 結界マットを敷き、轟牙にもたれながらコーヒーを一杯。なんとか落ち着くことができた。


 カップを岩の上に置き、皆の方に目を向けた。 


 ドレミからの説明は終わったようで、今は乙女騎士を回復しているところだった。


 ちなみにだが、この世界には治癒魔法や回復魔術はある。まあ、前世を知る者としては大雑把で、的外れなものだが、外傷や疲労回復だけ見れば前世より遥かに優れているだろう。


 だが、人体構造も知らず、見た目だけで治療魔法や回復魔術で治るほど、生命は単純ではねー。ましてや種族が違ってくれば治療法も変わってくる。


 それは薬師や医者、治療師をやっている者なら気づくこと。だが、それに気づいただけで、その先、疑問に思い、追求し、地道に続けた者は皆無。オレの知っている中でそれをしたのは先生だ。


 まあ、世界は広い。先生以外にもいるかもしれねーが、乙女騎士に治療魔法をかけている人魚には違うようだ。


 治療魔法。その者の治療力を高めて治すものだが、それは体力があってこその魔法だ。今にも死にそうなヤツに治療魔法は止めを刺しているようなもの。治療ではねー。


 だが、種族の違いによって体力差はあり、人魚は意外と生命力がある。余程のことがなければ治療魔法で解決するだろう。その後の対処がしっかりとしてればな。


「わたしの治癒魔法ではこれが限界です……」


 だろうな。点滴なんて概念すらねーんだからよ。


 それらを見ていたお陰か、オレのロマン熱も下がり、冷静さを取り戻していた。


 よっこらせと立ち上がり、乙女騎士のもとへといく。


「ベー様?」


「ミタさん。その乙女騎士さんを岩場に上げな」


 人魚は肌を乾燥させると皮膚がただれ、壊死する。それはわかっているから海の中に入れたのだろうが、乾く前に海水をかけてやれば問題はねー。


 濡れることも構わずミタさんが海の中へと入り、乙女騎士さんを岩場に上げた。あ、もちろん結界マットは敷いてます。つーか、結界で上げろって話でしたね。気づきませんでした。メンゴ。


「なにをするのだ?」


「回復させるんだよ」


 姫戦士の詰問に、簡素に答えた。


「レシュー様。ベーは薬師です。ご安心ください」


 婦人がフォローするが、別にいらんよ。いらないと言うなら止めるだけ。オレに薬師としての志しはあっても命をどうしても救いたいと言う意志はそれほどねー。死にたいと言うならその意志を尊重するぜ。


 無限鞄から栄養ドリンクを取り出し、結界術で乙女騎士に飲ませた。


 先生特製の栄養ドリンク。ちゃんと人魚にも効くようで、乙女騎士の顔に赤みが出てきた。


「治療魔法、もう一回かけてみな」


 結界で海に入れ、人魚の治療魔法師に言う。


 見た目は若く、人魚の年齢はわかり難いが、その理性的な目から治療魔法師としてベテランだろう。乙女騎士の血行を見て大丈夫だと判断して治療魔法をかけた。


 栄養さえ満たされていれば治癒魔法は万能……とは言えねーが、それなりには有効だ。乙女騎士の顔色が更によくなり、閉じていた瞼を開いた。


「マリーシュ!?」


 姫戦士が叫ぶ。どうやら乙女騎士と知り合いのようだ。


「……わ、わたしは、いったい……?」


 気がついたようだし、後はお任せします。


 先程の場所に戻り、コーヒーを一杯。ロマン熱で疲労した体を癒した。


「フフ。さすがベーですね。締めるところは締めるんですから」


 なにが可笑しいのか、婦人が品よく笑っていた。


「経験を重ねればこのくらい誰でもできるよ」


 ハルヤール将軍たちを何度も診てるし、治療してきた。もう慌てる必要もねーさ。


「そんで、荷は降ろしたのかい?」


「いえ、まだ途中です。船から降ろし、海に運ぶので手間がかかっています」


「あ、そうだった。忘れてた」


 そうなるからと博士ドクターに頼んで人魚用の移動具――あ、名前考えてなかったわ。


「まっ、浮き輪でイイや」


 見た目、完全に浮き輪だし。


 無限鞄から金属製の浮き輪と収納鞄を取り出した。


「婦人。これをオルグンに渡してくれ。渡せばわかるからよ」


「なんです、これ?」


「その輪の中に体を入れてみな」


 不思議に思いながらも頭から浮き輪を潜らせ、腹の位置で止めた。


「できれば腰の位置がイイ。そこで安定するように作ってあるからよ」


 言われた通り腰の位置にする。


「右手側に魔法陣があるだろう。それに魔力を流してみな」


 それが起動。婦人の体を持ち上げた。


「……浮いている……」


「魔力で体を固定し、魔力で操作できるから」


 さすが貴族だけあり、魔力操作を学んでいる。初めてなのにスムーズに動かしてるよ。


「なかなかおもしろいですね。ですが、これでは肌が乾燥するのでは?」


 人魚の生態を聞いたのか、もっともな質問をしてきた。


「魔力壁を展開できるようにして、水気を逃さないようにしてある。ちょっと湿ってるだろう?」


 調整可能なのでもっと湿らせることもできるぜ。


「……はぁ~。ベーはそつがないですね……」


「人魚の国に来ることは前々から決めてたし、人外は仕事が早いからできたこそさ」


 浮き輪の構想はハルヤール将軍と出会った頃からあったし、人魚との交流をしながら結界で試行錯誤してきた。完成したものを博士ドクターに見せて作ってもらう。でもまあ、そつがないと言えばその通りか。こうして大量に持って来れたんだからよ。


「コーヒーを飲んだらいくから先にいっててくれや」  


 その後に控える商談のために体力、精神を回復させたいからな。


「わかりました。プリッシュ。ミタレッティーさん。今度はしっかり見張っててね」


「わかったわ。今度は目を離さないわよ」


「畏まりました。目を離しません」


 まあ、ガンバってくださいな。我が逃走術は村人の必須能力。見詰められたくらいで阻止はできんよ。クックックッ。


 おっと。突っ込みはノーサンキューだぜい。

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