第648話 信じる者は救われる

 オーノー!


 膝から崩れ落ちるように両拳で岩場を叩いた。


 ……な、なぜだ。なぜなんだ! 神はそんなに我が憎いのか? 我の願いはそんなに罪なのか? それとも前世の業なのか?


 確かに我は恋人を失い無気力になった。生きる意志を捨て、惰性で生きていた。だが、犯罪に手を染めたりはしなかった。なるべく人様に迷惑をかけないように生きていた。


 それが罪だと言うのなら認める。罰も甘んじて受けよう。艱難辛苦、どんとこいやっ! です。


 ですが、少しでも慈悲があるのなら我の僅かばかりの願いを叶えてください。我に希望を与えてください。真の人魚姫に会わせてくださいませ……。


「……えーと、こやつはどうしたと言うんじゃ?」


「気にしないで。ベーのベーによるベーにしか理解できない寸劇の続編だから」


「ええ。お気になさらないでください」


 なにか近くて遠いところで話が進んでいるが、我にはこの壊れかけた心を繋ぎ止めておくのが精一杯。ヌオオォォォッ!


「そ、そうか。まあ、よい。我はレシュン・コルアノ・リー。隣の国、アーマゼン国の第四王女じゃ。とは言っても継承権もない名ばかりの王女じゃがな」


「レシュンは外交官兼交易商だ。地上のものを仕入れるために来てるのだ。レシュン。こちらはフィアラ。ゼルフィング商会の会頭どのだ」


「お初にお目にかかりますレシュン姫様。お会いできて光栄です」


「なに、そう畏まらんでくれ。言ったように名ばかりの王女じゃ。そう偉い位ではない。フィレーラをフィーと呼ぶのなら、我もレシュと呼んでくれ」


「はい。ではレシュ様とお呼びさせていただきます」


 オレ、いらない子。関係ない子。ここにいない子だもーん。


 ――忍法、変わり身の術!


 で、さようなら~。我は心の傷を癒すのじゃ。


 まったく、畜生。なんだよもー!


 皆の目が届かない岩島の裏にやって来て、不満を晴らすかのように落ちている岩をつかんで海に投げつけた。


「この世には人魚姫はいねーのかよっ!」


 別に童話の人魚姫とかに憧れている訳じゃねー。そんなメルヘン好きでもねーからな。


 ただ、人魚姫ってロマンがあるじゃん。男なら憧れるじゃん。ボン・キュッ・スラリ~ンじゃん。萌えるじゃん。


 な、なのに、あれはねー。ねーって言ったらねーですわ~。


 歳は十八、九。顔は姫だ。態度も姫だ。後ろから見たら紛れもなく姫だ。だが、前から見たらあり得ません。いや、あり得ますってヤツもいるだろう。それは否定しねー。人魚姫もそれを支持するヤツもオレは肯定する。


 だが、オレの中ではあり得ませぬ。スラ~・キュッ・スラリ~ンはねーですたい。断固、認めるにはいかんですよ。


「ふ~。世の中ままならんな」


 こう言うときはマンダ〇タイム。ゆったりまったり落ち着こう。


「あーコーヒーうめ~」


 潮の香りとさざ波の音。心が癒されるわ~。


 ほけ~と景色を見てると、沖合いに、なにかが浮かんでいるのに気がついた。


 遠くてよくわからんが、金色のなにか。ん? 髪か?


「ミタさんさん――はいねーか。プリッつあん――もいないですね。ドレミ、あれが見えるか?」


 なぜかドレミだけは変わり身の術が効かず、ちゃんとついて来る超生命体。なら視力もよいでしょう。


 黒猫からメイドにトランスフォームしたドレミが……メガネをかけました。え、どーゆー理屈?


「人魚のようです。気を失っているかもしれません」


 どう言う状況かわからんが、放ってはおけんな。助けるか。


 空飛ぶ結界を作り出し、沖合いへと向かった。


「ん?」


 なにか海面が盛り上がっている。それも一つじゃなくいくつも。


 オレの考えるな、感じろセンサーが警報を鳴らした。


 ポケットから殺戮阿を抜き放ち、爆裂球を空に打ち上げた。


 鳴り響く爆裂球。気づいてくれ!


 そんな祈りが天に通じたのか、頭上を竜機が飛び越えていった。


「黒髪の乙女さんナイス!」


 音は聞こえなかったし、指示を出していたわけじゃねーが、黒髪の乙女たちなら自主的に警戒飛行していると確信があったのだが、この様子ではオレより先に見つけていたようだ。


 海の中から水竜機に襲いかかって来た巨大魚が姿を現した。


 一匹二匹と、次々と海の中から現れる。黒髪の乙女らだけでは不利か。


 直ぐ様、無限鞄から轟牙を取り出し、装着。結界を生み出しながら海面を駆ける。


 試作のモコモコビーム銃を出し、立ちはだかる巨大魚に発射。そして、融解するように巨大魚の頭が吹き飛んだ。


「容赦ねー!」


 まあ、容赦する気もねーがな。


 黒髪の乙女さんらの援護で気を失っている人魚をゲット。結界翼を展開して上空へと逃げた。


「行きがけの駄賃だ、受け取れ!」


 モコモコビームを圧縮した結界弾を巨大魚の群れの中に投げつけた。


 音が吸い込まれるような音がしたと思ったら凄まじい音が背後から襲って来た。


 吹き飛ばされるほどではねーが、安定を崩されるくらいには強力なため、高度を下げ、安定に心掛けた。


 爆発もおさまり、なんとか岩島に到着する。


 結界マットを敷き、気を失っている人魚を寝かした。


「なっ!?」


 寝かした人魚の姿に絶句する。


 人魚では珍しい黄金の髪。貝殻で作ったと思われるビキニアーマー。記憶に間違いなければ人魚の世界でも幻とされる乙女騎士だ。


「……ボン・キュッ・スラリ~ン……」


 ………………。


 …………。


 ……。


 ――いゃっふぅぅぅぅぅっ!!


 神は我を救いたもうたぁぁぁっ! 

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