第636話 オレのスローライフ道

「……お腹いっぱい……」


 さすがの暴食の魔王も何百倍化させ世界樹の種には勝てなかったようだ。


 まあ、そうは言っても八粒(粒でイイのか?)は食ったんだからスゲーはスゲーか。常人がアレを食ったら確実に死ぬぞ。


 動けないアリザをメイドさんズが食堂から運び出し、残ったメイドさんズやサプルが片付けを始める。


 それをしばし眺めてからモコモコ獣へと目を向けた。


 世界樹の種をデカくして生まれた(脱いだか?)のは五体(着?)。やはり徐々にモコモコ獣になる時間が延びている。


 まあ、自由意志でなれるようなので世界樹の種料理ができれば問題はねーだろう。


 予想より少ないが、秘めた力を考えたら五体(着?)もあれは充分だろう。食べながら聞いたところによると、中の人の魔力でエネルギーが充填されるようで、こちらも魔力の指輪を使えば問題はねー。


 問題は、だ。これを誰に着せるかだ。


「なあ、サプル。メイドさんの中で騎士とかになれる、またはなりてーヤツっているか?」


 たぶん、分身の術を発動中のマイシスターに尋ねた。


「騎士? ん~~それっぽい人は一人いるけど、皆、メイドの仕事が好きだよ」


「一人か~。まあ、そうだよな」


 メイドとして雇い入れてんだから最初の段階で騎士や戦士になりてーヤツは弾かれてるわな。


 軍隊を作ることは考えてはいるが、一朝一夕とはいかねーだろうし、仮にできたとしても轟牙を纏うに相応しい者を選別するのにも時間がかかる。


「まったく、先は長いぜ」


 まあ、しょうがねー。後回しにするか。今すぐ解決できるもんじゃねーしな。


「あんちゃん、アリザになにかさせるの?」


 いつの間にか片付けが終わり、テーブルにはお茶とお菓子が並べられていた。


「ああ。アリザを王にさせようと思ってる」


 もちろん、無知無学のアリザに国の舵取りをしろなんてアホなことは言わねーよ。やるのは青年団や各種族の代表だ。アリザには象徴としての王になってもらうのだ。今のところは、だがな。


「危険なことはさせねーし、難しいこともさせねーよ。アリザは平和と力の象徴、暴食ですら食うに困らないってことを国民に見せて、アリザの力があるからこそ他の国からちょっかいを受けないと教えるんだよ」


 エリナの国は、まだ黎明期。なによりまず力で自分らを守らなくちゃならない時期だ。


 他種族多民族国家は幾つかあるらしいが、規模としては小国レベル。敵は多く、いつ滅ぼされても不思議じゃねー状況だ。


 だが、エリナの国は小国なんてレベルじゃねー。いや、まだ小国レベルにもなってねーが、いずれ大国なり周辺諸国を巻き込むだろう。


 まあ、それは何十年先のことだろうが、他種族多民族国家を建国しているのはすぐに知れ渡ることだろう。あんだけ移民して来て、バリアルの街で食糧を買い漁る。それで漏れねー方がどうかしてる。


 前世より遅れているとは言え、諜報活動してない国はねー。それくらいしないようでは直ぐに侵略される。国なんて三百年も続けば奇跡。その奇跡を今現在も続けている国は、それだけのことをしているってことだ。油断なんかできねーよ。


「うちの国はイイ。裏で人外が仕切ってるし、領分を侵さない限り口も手も出してこないだろうからな。問題は帝国とか聖国、宗教国家は、なにをしてくるかわからねーってことだ」


 あれに愛と勇気を説くのは無駄な努力。相成れない存在だ。力で示すしかねー。


「自分の居場所は自分で守れ。アリザも腹一杯食いたいのなら自分の力で稼げだ」


 今はオレらが守ってやるし、腹一杯食わしてやる。だが、うちは働かぬ者食うべからず。食う分を稼いだら好きにしろが家訓だ。


「アリザはうちのペットじゃねーし、家畜でもねー。オレらの家族だ。家族ならしっかり働けるようにしてやるのが義務であり責任だ」


 象徴とは言え、学ぶことやることは多々ある。今までのようにはいかねーが、腹を空かせたくないのならやれ。暴食に見合うだけのことをしなくちゃならんのだ。


 まあ、やるやらねーはアリザ次第だが、それは生きるか死ぬかを選べと言っているようなもの。やるの一択しかねー。


 ……やることなすこと山の如し、だな……。


 村人のオレが考えることじゃねーが、オレが決めて選んだこと。やるの一択しかねーか。


 深い思考に入っていたら、いつの間にか食堂の灯りが小さくなっており、目の前にいたサプルやメイドさんズは消えていた。


「コーヒーをお持ちしますか?」


「頼む」


 まあ、ミタさんはいるだろうと思ってたから気にせずお願いした。


 頭の上の住人さんもいるようで、パ〇ルダーオンしたまま眠っていた。


 無限鞄からタオルを出し、かけてやる。


 外から見たらビバノンノンな光景だが、食堂にいるのはいつものメンバー。気にするだけ無意味だ。


「はい、ベー様」


「ミタさん、もう下がってイイよ。オレはここにいるから」


「いえ、お側にいます」


「勝手にしな」


 自由にしたらイイさ。こう言う状態になったら当分は動かないしな。


 ミタさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながらまた思考の海にダイブする。


 そこからまた周りが見えなくなり、気がついたら朝食の時間となっていた。


「ベー。予定通り、人魚の国に出発するぞ」


 目の前に座った船長がそう告げて来た。


「……あ、ああ、了解。全て任せる。船長として解決できないことがあったときだけ口を出すよ。あと、人魚の国に到着するまではだいたい食堂にいるよ」


「なにか考え事か?」


「ああ。スローライフについて考えていた」


 求めれば求めるほど忙しくなり、快適なスローライフ環境を整えようとすると面倒事が増えてくる。やらねばならないことが溢れて来る。まったく人生はままならないぜ。


「でもまあ、唯一の救いは暇じゃねーってことだな」


 なにも変化の起こらない毎日など生きてるとは言わない。のんびりのほほんな生活など三日もすれば苦痛だ。グダグダな日々は人生を腐らす。だからと言って忙しい日々も面白くはねー。


「生きている実感を味わうこと。それがオレのスローライフ道だ」

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