第612話 ジェットウイング

 やって来ました……え? プライザード商会? なんだこれ?


 博士ドクターとカブキねーちゃんの研究所が、いつの間にやらプライザード商会って看板が掲げられていた。


「プライザードって、カブキねーちゃんの名前か?」


 なんか違うような気がしないではないが、受付は以前来たときのままだし、受付嬢も同じ。博士ドクターのところで間違いはねーだろう。


博士ドクターいる?」


「はい。今、お呼びします」


 受付嬢さんがオレを見てスマイルになったことからして、違うところに来た訳じゃねーようだな。


 受付嬢さんがカウンターのベルを鳴らすと、奥から人族のあんちゃんが出て来た。服装からして事務員かな?


博士ドクターにベー様がお越しだと伝えてください。応接間にお通ししますので」


「はい、わかりました」


 と、奥に下がる事務員かもしれんあんちゃん。奥からいけんのか?


 なにやらすっかりオレの知らない空間になってるよーだ。まあ、もう他人の家(商会か?)。知らなくてもイイんだがよ。


「ベー様、こちらへどうぞ」


 受付嬢さんに案内されて応接間へと移った。


 出されたお茶を飲みながらしばし待つと、博士ドクターとカブキねーちゃんがやって来た。


「ワリーな仕事中によ」


 博士ドクターはいつもの通りだが、カブキねーちゃんの方はなにやらくたびれた感じがあった。何日も徹夜してるって顔だな。


「構いませんよ。ベーが来ると息抜きになりますからね」


「あたしは、仕事したいんだがね」


 無理矢理連れて来られたらしい。


 しかし、完全に仕事中毒になってんな、カブキねーちゃんは。そんなに働き者だったのか?


「フフ。ベーの造った飛空船にやたら刺激を受けたようで、ヴィアンサプレシア号にも負けない飛空船を造ると張り切っているんですよ」


「来てたんかい。つーか、船の航行系は博士ドクターらに頼んだものじゃん。勝ち負けなんて関係ねーだろう?」


 オレが弄ったのは船の型と倉庫、竜機の発着ポートぐらい。まあ、少しフミさんたちに弄られたが、三割くらいしか携わってねー。とてもオレが造ったとは言えねーよ。


「いや、あれはベーだからできたものさ。圧縮噴射だったか? あれには驚いたよ。風を吹く発想は以前からありましたが、圧縮させるとあんなに推進力が上がるとは目が落ちるかと思いましたよ」


 目から鱗的な言い回しか、目が落ちるってのは?


「わたしが一番驚いたのは、炉ですね。魔石から魔力を抜き出し、風に変換する。あの発想は歴史的大発明ですよ!」


 博士ドクターは興奮のようだが、あれは結界術があったから可能であり、オレの知識と想像力ではあれが限界。推進力にしか使えねーパチもんだ。


「なら、博士ドクターが後を継いでくれや。炉――魔力炉が船の動力となれば世界は小さくなる。技術革新をしてくれや」


 まあ、オレは移動時間より移動手段に拘る男。ゆったりまったりな旅ができる方の技術革新を担当するよ。


「お任せください。考えは幾つかあります。いろいろ実験して、来年には試作を造ってみますよ」


 なにやら予想以上に技術革新が早いようだな。まあ、好きにやってちょうだいな。


「それより、人魚の武器ってどうなったい? できれば今、欲しいんだかよ」


 と言うか覚えてる? オレはすっかり忘れてたがよ。


「ああ、そう言えば頼まれてましたね。はい、できてますよ。無限鞄をこちらに」


 と言うので無限鞄を博士ドクターに渡した。なにすんの?


「はい、中に入れたので確認してください」


 受け取ったかと思うと、すぐに返して来た。


 まあ、相手は人外。常識は通じねーと無限鞄を受け取り、中身はなんですか? と念じる。


 頭の中に浮かぶ五百もの槍と五百もの鎧。あと、二百もの……ハルバートって言ったっけか? なんかもうスゴいことになってんですけど?


「お、多くね?」


「気にしなくていいですよ。この研究所、あ、プライザード商会に名を改め、世界貿易ギルドの一員になりました。代表はアマラヴィですが、面倒なことミレーヌ、その娘に任せましたので、いろいろ相談に乗ってやってください」


 受付嬢を見る博士ドクター。ってか、受付じゃなかったのか、あそこは?


 完全に受付としか思えねーが、人それぞれ。商会もそれぞれ。そう言うもんなんだろうとスルーしておこう。


「ありがとな。助かったよ。あ、商会になったなら金を払わんとな。幾らだい?」


「それは借金から引かせてもらいますよ」


 借金? なんのこったい?


「ここをもらった恩に、飛空船の恩。資材提供の恩。技術提供の恩。恩ばかりもらっては心苦しいので、恩から引かせていただきます」


 それは嬉しいが、それじゃ儲けは出んだろう?


「飛空船を買いたいと、既に二隻販売して、十七件の予約が入ってます。わたしが生粋の商人なら笑いが止まらないところですよ」


 それはつまり、儲かってるってことね。そりゃなによりだ。


「さらに仕事を頼みたいって言ったら、ダメかい?」


「ベーの頼みなら、と言いたいところですが、さすがにこれ以上は無理ですね。時間が取れません」


 だろうな。カブキねーちゃんが青ざめているよ。


「いや、ダメならダメで構わんさ。ゼルフィング商会の技術部を使うからよ」


 一応、ヴィアンサプレシア号の中にも工作室とミニ造船所は造ってある。新婚旅行の間にジェットフォイル――いや、水中翼船ってよりは水上翼船が正しいか。なら、ジェットウイングと命名しよう。


 船体は土魔法で。推進力は結界で。内装やらはフミさんたちに任せるから、五日もあればできるだろうよ。


「なにか、また新しいものを造りそうな顔ですね?」


「まーな。できたらお披露目するよ。んじゃな」


 言って、転移バッチで我が家へと戻った。

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