第611話 社訓

「そう言うのであれば同行致しますが、日程はどうなっているのでしょう? あまり長くここを離れると支障をきたす恐れがあるのだけれど」


 言われてみれば確かにそーか。


 ワールドワイドなゼルフィング商会。陣頭指揮をとる者がいないでは商会が回らないわな。


「婦人には、飛空船のことも知ってもらいたかったが、それは先に延ばすか。なら、人魚の国に着いたら呼びに来るよ。それまではいつもの通りやっててくれ。多分、スマッグは使えないと思うからこれを渡しておく」


 無限鞄からミカン箱くらいの赤ポストを取り出した。


「これは?」


「連結郵便箱さ。手紙を書いてこの中に入れればオレに届くようにできてるんで、なんかあれば入れてくれ。必ず夜には確認するからよ」


 結界連結の応用で、何人かには渡してあるものだ。


 まあ、オレの想像力が貧弱なのか、結界術の制限かはわからんが、対でしか創れず、規模もミカン箱くらいの空間しか創り出せないのだ。しかも、開けるのはオレだけの一方通行。使いどころが少ない術なのだ。


「それでも充分有効な交信手段ですよ。ベーにさえ届けば転移であっと言う間に来てもらえるのですから。ただでさえスマッグなんて言う便利な魔道具を支店長級の者に渡しているのですから。他の商人にしたら反則だと叫びたいでしょうね……」


「だろうな。だが、これは人脈がなせる技。出会いを大切にしてきたから便利な魔道具が使えるんだよ。悔しいのなら人と人との繋がりを大事にしろ、だ」


 まあ、半分以上がオレの出会い運が成せる技だが、その出会いを大切にしたからスマッグや転移バッチがあるのだ。それを理解したヤツは、ちゃんとその恩恵を受けている。あんちゃん然り、会長さん然り、婦人然りって、な。


「婦人も出会いは大切にしろよ。これぞと思ったヤツがいたら仲良くしとけ。そのときは恩恵がなくても将来的に恩恵はある。これ、オレの経験談であり、拘りだ」


「ええ。わかっていますよ。こうしてあなたと出会え、新しい人生を頂けた。それを知った今、人は力、人は財産、人との繋がりは大切にして行きます」


 それをわかってくれるからこそ、婦人にゼルフィング商会を任せられるのだ。


「ああ。それがうちのやり方だ。頼んだぜ」


「お任せください」


 ニヤリと笑うと、穏やかな笑みを浮かべて応えた。


「予定では十日から十五日と見てる。それから帝国へいく準備をして出発する。忙しいとは思うが、それで頼むわ。あと、帝国に出す支店の責任者を選んでてくれ。その配下も。ただ、魔族の者は省いてくれ。あそこは人族至上主義だからよ」


 聖王国や宗教国家よりはマシだと聞くが、差別や侮蔑はある。獣人が奴隷にされているとも聞く。そんな国に魔族なんて連れていったら大騒ぎだ。


 なんて言っちゃいましたが、波風立てるためにいくんですけどねっ。異種族国家ここにあり、ってな。


「悪い顔してますよ」


 おっと、それは失礼しました。平常心平常心っと。


「帝国には婦人も行ってもらう。これは決定だ。イイな?」


「はい。その様に準備を進めておきますのでご安心を」


 なんとも落ち着いた笑みに惚れてしまいそうだよ。


「あと、これも渡しておくよ」


 無限鞄からシュンパネを三十くらい出す。ん? これで打ち止めか?


 出てこいと念じるが、一つも出てこない。どうやら本当に打ち止めのよーだ。


「ドレミ。エリナに言って増やしてもらってくれや」


 スライム型のドレミの頭(?)に、シュンパネを一枚置いた。


「畏まりました」


 と言うと、シュンパネがドレミの中へと入っていった。え、どーゆー理屈っ!?


「わたしの内部に入る大きさでしたら分裂体に転送できます」


 新たに出てきたドレミの新機能――じゃなくて、新能力。なんでもありは、こいつに使う言葉だろうよ……。


「ベーの周りは謎がいっぱいですね」


「一番の謎はベーだけどね」


 謎の生命体に言われたくねーよ。オレはシンプル・ザ・ベストな生命体だわ!


「マスター。複製完了したそうです。転送しますか?」


 あの腐れ、こんだけ早いってことは、この場を見てやがったな。


「送ってもらえ」


 覗き趣味はいただけねーが、説明しにいくのもメンドクセーし、これが引きこもりの情報収集法。ある程度は見逃してやるが、プライベートを覗くなら、その腐った根性叩き直してやるからな!


「畏まりました。来ます」


 と、ドレミからシュンパネが沢山噴き出した。って、どんだけ複製してんだよ、あの腐れは!?


 一旦、無限鞄に収用して、追加で二十枚ほど束にして取り出した。


「一度いったところに瞬間移動できる魔道具だ。最大で二十人までは可能だから、上手く使ってくれ。一応、クレイン支部のオレの部屋の机に十枚ほど入れてあるから、足りないときはそこから出してくれ」


「……わかりました。そのときは使わせて頂きます……」


 ため息混じりに了承する婦人。オレじゃなくドレミに対してだよね、それ?


「夕方にはクレインの町に行くから、なんかあれば連絡してくれ」


「はい、わかりました」


 さて。次は博士ドクターのところか。頼んでおいた槍、できてっかな?


 そんなことを考えながら転移バッチを発動させた。

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