第597話 光りの下で咲くサプルのごとし
これは今から八年前の初夏の頃の話。
当時まだ三歳だったオレの行動範囲は隣んちの牧草地までで、タンポポモドキの採取をするのが日課だった。
現世のタンポポらしきものは、春の半ば頃から初夏にかけて花を生らすもので、牧草地や道端によく咲くものであった。
生まれた場所に文句はねーし、電気もガスもねー暮らしに不満もねー。だが、コーヒーのねー生活は我慢がならなかった。
母親の母乳よりコーヒーが飲みてー。
そう思いながらバブバブ生きていたが、一歳の春。庭先にタンポポモドキが咲いているときは歓喜したものだ。
だが、一歳児の体。動かぬ体やまだ三つの能力が使いこなせず諦めたが、二才の春にはタンポポモドキのコーヒーを作るのに成功。しかし、二歳児の舌には超絶に苦かった。
なのでハチミツや羊乳を入れて飲んでいたが、二歳児の力では秋まで持つ量を収穫できなかった。悔しい!
結界術や土魔法を訓練し、挑んだ三歳の春。大量収穫に満足でござる。
まあ、ちょっと夢中になり、山の下までいってしまい、辺りはすっかり暗くなってしまったが、しょうがないよね。大量だったんだもん。
なんて親に伝わるわけねーかと、叱られるの覚悟で我が家に帰ると、マイダディが右往左往。なにやってんの?
「ベー! シャニラが生まれそうだ!」
「いや、オカンはとっくに生まれてるよ」
だったらオレは誰から生まれたんだよ?
「じゃなくて、シャニラが生まれそうなんだよ!」
なにも変わってねーが、まあ、オトンの言いたいことはわかった。オカンが産気づいたってことね。
前世じゃ結婚もせんかったし、出産経験者が近くにいなかったが、知識とは知ってる。そんな素人目だが、そう慌てる状況にはなってねーはず。
背負子をオトンに渡し、家の中へと入る。
田舎の女は強いらしく、布団に入っていることはなく、厚手のゴザの上に横になっていた。
「オカン、生まれる感じか?」
苦しい顔はしてるが、顔は赤みを帯びてるし、意識もある。脈拍数は早いが、そんな危険な感じはしねー。
「……まだだと思う。でも、痛い……」
「わかった。オトン。オババを呼んできてくれ」
「任せろ!」
バビュンと入り口から消えた。
それから二十分もしねーで帰って来るマイダディ。冒険者ってどんだけバケモンなんだよ?
行ったことはねーが、集落まで結構な距離があるとかオカンが言ってたぞ。しかも、ここ山の中腹だしよ。
まあ、そんなことはどうでもイイ。拉致されて来たオババにごめんなさい、だ。うちのマイダディが失礼しました。
「構わんよ。まったく、お前は本当に三歳かい?」
「残念ながら三歳だよ。オレとしては十五歳であってくれる方が嬉しいんだがよ」
三歳がこれほど不自由だとは思わんかった。できることが少なすぎるぜ。
「オレの年齢はイイから、オカンはどうよ?」
「ちょっと血が足りないようだが、そう問題はない。栄養のあるもんを食わしておやり。このままなら数日後には生まれるよ」
その未来予知の如く、数日後に元気な女の子が生まれた。
「よくやった、シャニラ!」
男親は女の子の方が嬉しいのか、スゴいはしゃぎっぷりである。
まだ三歳児のオレにはなにもできねーが、お湯を沸かしたりキレイな布を用意したりはできると、近所のおばちゃん連中の後ろで陰日向にガンバってます。
オカンも生まれた子も異常はなく、経験者たる近所のおばちゃん連中も大丈夫と太鼓判をおして帰っていった。
生まれた子に皆の目が行っていて、オレの存在、アウト・オブ・眼中。忘れられた子になっていたが、このくらいでいじけていたらド田舎では暮らして行けねー。
オトンが狩ってきた鳥を捌いて食うくらいできなきゃすぐに餓死だ。三匹ほど捌いて焼き、同じく朝からなにも食ってねーオトンに持っててやる。
が、生まれた子をあやすのに四苦八苦。それでよくオレを育てたな。
「オトン。嬉しいのはわかるが、食うもん食えよ。オトンが働かねーとオレらは生きられねーんだからよ」
オトンが冒険者として働いているからうちは薪を払うことはねーし、他より裕福だが、畑なんて猫の額程度。家畜も山羊が二頭しかいねー。オトンが無職になったらオレたちはすぐにあの世行きだぜ。
「わかったよ。またあとでな」
目尻を下げ、生まれた子をオカンに返し、鳥の丸焼きにかぶりついた。
この世界の事情はなに一つわかってねーが、うちのオトンがただの村人で、ただの冒険者じゃねーのはわかった。
まだ近所のおっちゃんしか見てねーが、明らかに田舎の出ではねー。どことなく品があり、学がある。たぶん、どっかの金持ちの子か貴族の子、次男か三男だったのだろーよ。
まあ、オトンの過去にそれほど興味があるわけじゃねー。こんなオレを愛してくれる頼もしいオトン。それで充分だ。
「そんで、名前はなににするんだ?」
あーでもない。こーでもないと、悩んでる姿は何度も見たが、名前が決まったとは聞いていない。
「ヴィアンサプレシアなんてどうだ?」
「また、難しい名をつけたもんだな。ハイ、オカン。言ってみな?」
「え? あ、え、えーと、ブア、ベア、えーと、もう一回イイ?」
何回と聞くが、まったく言える気配はなかった。
「一応聞くけど、ヴィアンサプレシアって、なんか意味あんの?」
オレのヴィベルファクフィニーに意味はなし。単に響きのよさを追求したらしい。
「光りの下で咲く花のごとし。昔の有名な詩人の詩でな、不遇な立場でありながら気高くいたお姫さまに送ったものさ。この子には、光りの下でいられるようにと、花のように微笑んでいて欲しいと願って名づけたのさ」
優しい笑みを浮かべるオトン。これが父親の顔か。オレもこんな顔をできる人生にしたいもんだ……。
「まあ、オトンの愛はわかった。だが、ヴィアンサプレシアはねーだろう。オレ、生まれてこのかた、ヴィベルファクフィニーなんて呼ばれたことねーぞ」
目の前にいるマイダディすらオレをベーと呼ぶ始末。つーか、周りにはオレの名前、ベーが正式名だと思われてんじゃね?
「ヴィアンサプレシア、いい名前だと思うんだがな……」
「名前はそれでイイと思うよ。ただ、普段呼べる名前も考えろよ。ベーがもう一人増えるぜ」
兄弟揃ってベーとか、生まれた子がグレるぞ。
「な、なら、ヴィアンはどうだ?」
「ヴが言えねーのに、ダメだろう」
「なら、アンはどうだ?」
「なんかいろいろアウトだ」
「アウト? だったらサプルでどうだ? この季節に咲く花で、淡いピンク色した小さな花だ」
「ピンクの花? ああ、あれか。あれ、サプルって言うんだ。うん、イイんじゃね。光りの下で咲くサプルのごとし。この子にぴったりじゃねーか」
「そうか? なら、この子はヴィアンサプレシア。愛称はサプルだ!」
そんなオトンは数年後、死んでしまったが、その願いや愛はオレが引き継いでいる。
だからオトン。安心しろ。ヴィアンサプレシアの名はオレが守ってやるよ。
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