第596話 船の名前は

 朝、プリトラス・ツヴァイから出ると、ものの見事に死屍累々が広がっていた。


 ヘイ、ユー。ちょっと待てや。プリトラス・ツヴァイってなによ?


 なんて電波(突っ込み)を拾ったが、そんな謎電波(突っ込み)など知らんがな。死屍累々どもを掻き分けながら湖へと、人魚たちが歌を歌っていた。


「イイ声だ」


 心地よい声を聞きながら湖の水で顔を洗った。


 ヘイヘイ、だからちょっと待ってや。湖って淡水やん。人魚が泳いでるってどーなのよ?


 さっきからうるさい電波(突っ込み)を受信するが、そんなもんオレが知るかよ。正しいところに送信チャンネルを合わせて、そっちに送れや。


「ふ~。すっきりした」


 廊下で目覚めたとは言え、こうして清々しい朝を、キレイな湖畔で迎えられた。


「――ふべしっ!」


 湖畔の風を楽しんでいたら、突然なにかに吹き飛ばされた。なんやねん!?


「あ、なにかにぶつかったよ」


「岩かなんかでしょう」


 なにか、ヘビとカバの声のような気もするが、今は頭を抜くので精一杯。だからそこを動くなよ、ひき逃げ犯っ!


「ぅおらっ!」


 土の中から頭を抜くと、ひき逃げ犯は逃走していた。どこいきやがった!


 地面に残る跡からしてルンタ。ならば、あの声はやはりカバ子だろう。あの畜生ども、見つけ出してシバいたる!


「あ、あんちゃん。おはよー」


 プリトラス・ドライからサプルとメイドさんズが出て来た。


 いやいやいや、だから――。


 強制遮断。ったく。なんなんだ、この謎電波(突っ込み)は? プリッつあんがいねーから変なもん受信すんな。


 あ、ちなみにプリッつあんも死屍累々の中の……どっかにいんだろう。カイナや人外ズに連行されてったからな。


「おう、おはよーさん。眠れたか?」


「うん、ぐっすり眠れたよ」


 それはよかった。サプルは外泊なんてしたことねーから、マクラが変わると眠れるか心配だったのだ。


「お前の誕生日プレゼントなのに働かせてワリーが、朝食を頼むわ」


「わかった。任せて!」


 ほんと、オレにはもったいねーくらいの妹だよ。


「メイドさんズも頼むわ。あと、死屍累々はほっとけ。どうせ起きてもまた酒を飲むだろうしな」


「畏まりました」


 朝食は任せ、オレはマンダ〇タイム用にテーブルをいくつか準備した。


「おはよーさん、ベー。相変わらず早いな」


 椅子をセッティングしてると、あんちゃんら世界貿易ギルドの面々がやって来た。あ、カイナとチャンターさんはいんけど。その代わり、見知らぬねーちゃんと秘書のねーちゃんが加わっていた。


「おう、おはよーさん。あんちゃんたちは死屍累々にはなってなかったようだな」


「あれに混ざるとか自殺行為だ。それに、新たなギルド員に話もしなくちゃならんしな。つーか、お前はいつ入るんだよ?」


「あれ? まだ入ってなかったっけ? んじゃ、婦人に言っとくよ」


「お前が商会長だろうが!」


「オレは名ばかりの商会長で、責任を取るのが役目だ!」


 メンドクセーことしたくねーから婦人を引き抜いたんだろうがよ。


「こんなテキトー野郎なのに、誰よりも商売が上手いとか、全世界の商人に殺されろ!」


 ハイハイ、機会があったらな。それより、時間まで寛ぐなり、商売の話をするなり好きにしてろ。


 こっちは、死屍累々にならなかった者のために席やコーヒーを用意しなくちゃならねーんだからよ。


 徐々にプリトラス・ツヴァイやドライに泊まった者たちが出て来て、テーブルが追いつかなくなり、土魔法で創って全員を朝食の席に座らせることができた。


「食いながらでイイから聞いてくれ。船のお披露目は昼を目安にやるから、それまではテキトーにしててくれ。ゼルフィング商会の者はお披露目の準備をするから船に集まってくれ」


 朝食を素早く済まして船のところへといく。


「ベー様。なにを致しますか?」


 クレイン支部を任せる……誰だっけ? あ、名札作るの忘れてたわ。


「ちょっとお披露目用の道具を買って来るから、支部の連中は乾杯用の酒と演台を用意してくれ。そうだな。あそこら辺に頼む」


 造船所の後ろを指した。


「船員、整備員は制服に着替えて待機。黒髪の乙女さんたちは、空を飛んで観衆を湧かしてくれ」


 小人族も航空ショー的なことをやるので、観衆には喜ばれんだろう。


「はい。お任せください」


 頼むわと言い残してカイナーズホームへと転移した。


 いつもそこにいんのかいと突っ込みてーのを我慢して、入り口に立っていた店長に式典用の垂れ幕やらカーペットなどを急いで集めてもらい、代金を払ってクレインの町に戻った。


「これをイイ感じにつけてくれ」


 フミさんや支部の連中に指示を出して飾りつけする。


 昼前にはなんとか飾りつけが終わり、観衆を造船所の周りに集めた。


 集まったところで黒髪の乙女さんに連絡をして下がってもらう。


「ベー。船の名前は考えてあるのか? 名なしでは格好がつかんぞ」


 大老どのが近寄って来て、そんなことを耳打ちしてきた。


「名前は造る前から決まってるよ。船体の横に描いてあっただろう」


「あ、ああ。描いてあったな。だが、どこの文字だ? あんな文字、見たことないぞ?」


 だろうな。ローマ字で描いたからな。


「ヴィアンサプレシア。光りの下で咲く花のごとし。よくは知らんが、帝国の有名な詩人の詩の一節らしい」


 オトンがそんなこを言っていた。本当かどうかは知らんが。


「ヴィアンサプレシアか。いい名じゃないか」


「まーな。オトンにしては意味のある名前をつけたと思うよ」


 響きがイイからとつけられたオレよりはマシだろう。


「ベーの父親がつけた? 船の名前を?」


 ん? ああ。そー言や、知らんのは当然か。オレも普段は忘れてるしな。


「ヴィアンサプレシアは、サプルの本当の名前さ」

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