第588話 よりよい未来を

 そして、アブリクト島へと到着する。


「ここは?」


 表情がわからんが、声には驚きは含まれてはいない。まあ、魚人の世界にも瞬間移動系の魔法があるのかもしれないが、なにかそれとは違うような気がする。


 ……この魚人姫、結構イイ年かもな……。


 感情制御が上手いと言うか、自制がとれ過ぎてる。これは教育と経験からくるものだ。先程もカワイイと言うより美人と見えた(心の眼でダヨ)。少なくとも二十は確実に過ぎているんじゃなかろうか?


 あんた、いくつなん?


 とか聞きたいが、装飾品を身につけてるところからして、オシャレ文化があるはず。なら、美に関しての禁句は世界共通のような気がする。そして、魚人姫からの険しい眼差しからそれは口にしてはならないものと理解した。


「なんでしょうか?」


「イエ、ナンデモアリマセン」


 魚人姫の視線から逃れるように歩き出した。


 以前、来たときよりは建物や道は整備されているが、それほど進展はしてないようだ。


「人の数もそれほどじゃねーな」


 まあ、そう急速に発展なんてしねーか。全て人力だもんな。


 職人風のおちゃんたちがこちらの存在に気がついたようだが、そんなに驚いた感じはねー。また妙なものが来たって感じだった。


 ……人魚が来たかもしれんな……。


 そんな視線に構わず総督邸に向かった。あと、魚人姫の視線が痛いです。そこも感情を制御してくださいませ。


「あ、あの、どちら様でしょうか?」


 総督邸に入ると、なにか事務員っぽいあんちゃんが出て来た。


 なに気に周りに視線を飛ばすと、あんちゃんのような事務員風の男女が見て取れた。


「オレはベー。親父さんに会いに来た。いるかい?」


 そう言うと、事務員風のあんちゃんの顔が変わり、なにやら有名人でも見たような驚きを見せた。なんやの?


「し、失礼しました!」


 事務員風あんちゃんだけではなく、他の事務員風の男女も慌て始めた。だからなんやの?


「総督は執務室におります。どうぞこちらに!」


 と事務員風のあんちゃんが中へと向かっていく。


 別に案内は必要ねーんだが、ゆとりをなくした事務員風のあんちゃんを追い詰めるのもワリー。しかたがなく後に続いた。


 中もそれほど進展はしてねーようだが、人は増えているようで、オレを、と言うか、魚人姫を見て驚いていた。


「総督、失礼します!」


 開け放たれたドアの前で立ち止まると、ビシッと背筋を伸ばして一礼した。


「どうしました?」


 中から親父さんの声じゃなく、女の声がした。


「ベー様がお越しになりました」


 事務員風のあんちゃんが横に退き、道を譲った。


 なんとも仰々しいこったと呆れながら部屋へと入った。


 中には、机で仕事をする親父さんと、その横で書類の束を持つ、三十前くらいの知的そうな美人さんがいた。秘書さんか?


「お邪魔するよ」


「おお、ベー。今日は……また、違う種族を連れて来たな。まったく、お前さんはどれだけ顔が広いんだよ」


「オレの出会い運の数だけだよ」


「意味わからんわ!」


「オレもよーわからん」


 出会いは突然。そして、連続でやって来る。もう、把握すんのもメンドクセーくらいいるよ。


「……いや、愚問だったな。サヤレ。お茶を……って、そちらの方は、なにを飲むんだ?」


「親父さんは、魚人に会ったことねーのか?」


 なんか会ってそうな人生だと思うんだが。


「人魚だって見るのも滅多に出会えねーのに、魚人なんてお伽噺の域だわ。さも当然のよう付き合ってるのはお前くらいだからな!」


 へー。そう言うもんなんだ。意外だな。


「まあ、人魚とはさも当然の付き合いにはなってそうだな。魚人を見ても驚かねーヤツがいたし」


「まーな。ナルバールと言う人魚の商人と何度か会合したからな」


「ナルバールのおっちゃん、こっちに来てたんだ。働き者なおっちゃんだ」


 人魚の身でも三百キロは遠いし、そう簡単に往来できる距離でもねー。並みの精神ではやれねーよ。


「しかし、人魚の世界にもやり手はいるんだな。油断したら財布のチリまで持っていかれそうだぜ」


 親父さんでもそう思うのか。まったく、厄介なおっちゃんだぜ。


「そこは親父さんの努力でがんばってくれや」


 商売ではオレに勝ち目はねー。商人は商人が相手してくれ、だ。


「それで、そちらさんは?」


「魚人のお姫さまだ」


「うん。取り合えずベーはお茶でも飲んでろ」


 と、ソファーへと追いやられてしまった。なぜに!?


「あーえーと、話は、通じるかい?」


「はい。大丈夫です。わたしは、ガルザス帝国第三皇女、アウラペシア・バン・シュラインと申します。お見知り置きを」


「……おれ、いや、わたしはアブリクト貿連盟総督、ブラーニーと申します。こちらこそお見知り置きを。で?」


 と、コーヒーを飲むオレを睨む総督さま。そのまま続けたらイイじゃん。オレ、いらない子だしぃ~。


「もうお前の行動に驚きはしないが、こんな大物を連れて来るんなら前以て言えよ! 連絡しろよ! 幾ら交流のない種族だからって一国のお姫さまを雑に扱い過ぎだ!」


「出会いは突然。流れるままに、だ」


「意味わかんねーよ!」


「そこは、考えるな、感じろダゼ☆」


 棚にあった酒瓶が飛んで来るが、我が結界に揺らぎなし。いや、冗談です。だからそう怒んなよ。


「ったく。こっちは暇じゃねーんだ、さっさ用件を言え!」


「いや、用件って言うほどもんじゃなく、たんに顔合わせさ。どうするかはお姫さま次第。好きな未来を選べ、だ」


 今の状況でお姫さまをあの町で活動させるのはいろいろ問題もあるし、危険でもある。なにより、ハルヤール将軍への義理が立たねー。


 だが、この出会いを捨てるのは悪手だ。まだ、未来は見えねーが、海の平和を築くには、このお姫さまが不可欠。いずれ重要な位置に立つだろう。


 縁を切らせぬためには、どこかで繋がりを持つしかねーとなれば、アブリクト島貿易連盟しかねー。ここは、あくまで人の世界。商人の世界だ。人魚だ魚人だとかは関係ねーんだからな。


「なんで、親父さん。いつかこのお姫さまが来たらイイ商売をしてくれや」


 アブリクト島貿易連盟は、船を使った商売となる。なら、魚人と交流しておいて損はねーはずだ。


「……まったく、お前はどこまで先を見通すんだよ……」


「見えるところまでさ」


 ワールドワイドで商売をする世界で生きて来たらわかること。一国一種族では完結はできないし、いられもしない。否応なしに周りを巻き込むことになるのだ。


「ブラーニー様。まだ先は見えませんが、よりよい未来を一緒に築けたら幸いです」


「こちらもです。そのときが来たら、よりよい未来を一緒に築きましょう」


 握手をする二人。種族は越えられるとのイイ見本だな。


「んじゃ、帰るか。またな、親父さん」


「今度来るときは、もっと静かに来てくれよ。おれはもう冒険商人じゃねーんだ、ワクワクドキドキは腹一杯だ」


「なら、ハラハラドキドキを食わせてやるよ」


 酒瓶が飛んで来る前に魚人姫の腕を取り、転移バッチで逃げ出した。


 では、またな。

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