第587話 開眼
魚人姫が葡萄酒を飲んだ。
飲めるかどうか試し感覚で出したのだが、なんの躊躇いもなく飲んでしまった。
結界に入ったのは度胸だろうが、葡萄酒を飲んだのは慣れ、いつも飲んでいる感じっぽいな?
「とても美味しい葡萄酒ですね」
声のトーンからして、無理に言っている感じてはねーな。
「あ、そうか。そう言や、お姫さまのところは地上と交易してたんだっけな」
そんなこと、ハルヤール将軍が言ってたっけ。忘れてたわ。
「……我が国のことをご存知なので?」
「ハルヤール将軍との会話でちょっと出た程度さ」
葡萄酒を飲み慣れていることや、オレへの態度からして、交易や交流の頻度は高いよーだな。
「……ベー様は、慧眼でいらっしゃる……」
「いや、そうでもねーよ。さすがに動きや気配だけでは限界があるわ」
魚人の表情なんて動いてんのか動いてねーのかもわからんし、クセなのか生態なのか判断もできねー。これでわかれと言う方がワリーよ。
「今は、違う種族であることに感謝ですね。たったそれだけで見抜かれてしまっては、太刀打ちできません」
それは経験の差であり、異種族との交流歴からくるもの。単一種族ばかり相手してたらまったくわからなかっただろうよ。
「お姫さまもいろんな種族と交流すればわかってくるさ。種族の差なんて越えられねーようで、簡単に越えられるもんだってな」
もちろん、越えられねー価値観や美意識はある。だが、ある程度進化し、文化をもった種族なら、壁は越えられる。そして、共通の価値観や文化を築けるとわかるもんさ。
「ちょっと今と未来の話でもしようか」
もったいぶったように語り出し、お姫さまの戸惑いや警戒を高めてやるために、コーヒー牛乳を口にする。
「……今、地上では異種族国家が生まれようとしている」
と、エリナのことをぼやかしながら異種族が集まり、国を創るために動いているこを語ってやる。
「直ぐにではねーが、周りの国もその国の影響を受け、変わらざるを得なくなる。統一されるか、縮小されるかはわからんが、経済は完全に支配され、やがて法も支配されるだろうよ」
武力で侵略するのではなく、経済で侵略し、異種族国家を周りに認めさせる。
まあ、褒められた方法ではねーが、血を見るよりはマシだろうよ。
「それは、海の中、いや、人魚の国も飲み込まれて、同じ経済、同じ法がまかり通るようになるだろう。現に、地上の影響を受け、辺境の地が注目を浴びている」
それは、魚人姫が証明している。だからこそ、このお姫さまは、危険を冒してまでここに来たんだろう。
「やがて、ここは町から都市になり、重要な一大交易都市となり、小さな道は大海道となり、人を富を往来させる。技術や文化を運ぶ。これはもう止まらない。否応なしに発展するだろうよ」
イイか悪いかは知らん。だが、人魚は求めるだろう。今より幸せな未来を、な。
「そのとき、お姫さまはどうする? 羨ましいと、見てるか? うちはうちだと、突き放すか? それとも――」
一緒に未来へと歩むか?
そう目で、気配で問うた。
「……百年先を見ながら十年後の未来を築け、ですか……」
なにやら魚人姫がため息とともに吐き出した。なんだい、それ?
「祖父が申しておりました。皇帝ならば百年先を見よ。その未来に辿り着けるように、十年後、二十年後と道を創れ。ただし、今を忘れるな。自分を見失うな。周りに目を向け、人の声を聞け。そして、一人になるなと……」
ほ~ん。なかなか甘い夢を見る祖父だな。だが、魚人姫のような後継者を残せるだけで、その言葉と行動は称賛に値する。
「立派な祖父だな」
多分、その祖父とやらは死んだんだろう。でなければ、こんな侵略戦争を起こしたりはしないだろう。
ハルヤール将軍の話では、帝国は派閥争いの真っ最中で、皇帝派と貴族派、軍部派にわかれているとか言っていた、と記憶している。
「はい。立派で、強くて、大好きな祖父でした」
表情はわからない。だが、とても誇らしそうに笑ったように見えた。
「イイな、あんた」
オレの中にある心の眼が開眼したみたいで、この魚人姫が美人に見えた。
無限鞄からシャレで創った派手な杖と伊達眼鏡を取り出した。
「その杖は、オレの力を解除できるものだ。触れれば解除される。眼鏡の方は、オレの力が見えるものだ。使い方は任せる」
それをどう使うかは魚人姫次第。自分の立場を有利にするようガンバれ、だ。
「……はい。大事に使わせていただきます」
一礼して、二つを受け取った。
「あと、友好の印だ、もらってくれ」
無限鞄からシュンパネを十枚取り出し、魚人姫に渡した。
「これは?」
「一度いったことがある場所なら一瞬で移動できる魔道具だ」
魚人姫に手を差し出し、つかめと目で語った。
理解した魚人姫がオレの手をつかみ、新たにシュンパネを一枚取り出し、掲げる。
「アブリクト島へ」
シュンパネが発動。アブリクト島へと飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます