第586話 そう願って

 オレ、大注目です。


 人魚の町でもそうだが、同一種族の中に異種族が一人紛れ込めば嫌でも目立つ。が、ミュータント亀(的な)生き物は遠巻きに見るだけ。誰も近寄ってはこねー。


 まあ、それがどうしたがオレ。気にせず青空市場的なところを散策する。


 このミュータント亀(的な)な生き物も逃げて来た口らしく、売ってるものは大したものはなく、身寄りのものを売っているって感じだった。


「戦争、か」


 ハルヤール将軍から海の中の事情は軽くしか聞いてねーが、ミュータント亀(的な)の沈んだ気配から結構深刻のようだな。


「見せてもらってイイかい?」


 ふっと視線を向けた先に、なにか工芸品的なものを売っている……年齢性別不詳。だが、纏わす気配は若い。たぶん、人で言えば青年くらいだろう店が目に入った。


「ああ。見てってくれ。クロムの魔除け人形さ」


 クロムがなんなのかわからんが、なかなか精巧なものを作るな。手先が器用な種族なのか?


「見事だな。あんたが作ったのかい?」


「いや、おれは売る専門さ。これは専門の職人が作ったものさ」


 なにか、このミュータント亀(的な)、感じがあんちゃんに似てんな。この異種族相手でも客は客と貫くところ。


「あんたらの種族はなんて言うんだい? 生憎と人魚と魚人しか知らなくてよ。ちなみにオレは人族だ。まあ、他の種族と見分けはつかんと思うがよ」


「アハハ。それはおれらもさ。人魚からは見分けつかないって言われるしな。おれらは青海亀族さ」


 その口振りからして、種族全体の名前じゃなくてミュータント亀(的な)種の一種ってところかな?


「オレはベー。長い名前があるんだが、そう呼んでくれ」


「ベーか。あいよ。おれは、ノット。商人だ」


 ますますあんちゃんに似てんな。駆け出しだろうが行商人だろうが、商人の誇りを忘れない。フフ。似たようなのがいるもんだ。


「魔除けって、どんな効果があるんだい?」


「破邪の効果さ。これを家の四隅に置くと、悪い気を祓い幸運を引き寄せるのさ。まあ、家がないと効果がないがな」


 効果のほどはわからんが、商品に対してウソは言わないか。それに、冗談も言えるとは、ミュータント亀(的な)な生き物も俗物なんだな。


「んじゃ、大丈夫だな。家があるし。もらうよ。幾らだい?」


「お、ありがとうさん。四つで十六ビルさ」


 随分と安いな。いや、工芸品と見れば高いんだろうし、破邪の効果があるなら安いんだろうが、素材だけ見れば確実に十六ビルは破格だろうよ。


「いや、全部買うよ。もし、他でも同じものを扱ってるところを紹介してくれんなら倍出す。どうだい?」


 その提案にノットさんが目を見開いている。よくよく見たらちゃんと表情を出せるんだな。亀な顔だけど。


「……あ、いや、買ってくれるのなら売らしてもらうが、これを全部かい? 言っちゃなんだが、結構ぼったくってるぞ」


 それを言うところが商人としてどうかと思うが、その性格は気に入った。信用できる商人だ。


「ノットさんが誠意を見せてくれたからには、言わんと礼儀に反するな。正直、その魔除け人形の価値はわからんし、効果も求めてもいない。オレが見てるのは魔除け人形に使われてる素材さ。ノットさんらは、それをなんて呼んでんだい?」


「珊瑚だが? 正確にはクロム珊瑚だ」


 うおっ!? ちゃんと珊瑚って翻訳されんだ。ほんと、マジ有能だな、自動翻訳は。


「工芸品に使うくらいだから、ノットさんたちにはありふれたものだろうが、それは地上では高級品だ。ただし、その価値を知る者は少ねー。いや、今はまだいないと言ってもイイかもな」


 真珠は昔から貴重なものだったが、一般的になり、市場に出たのはつい最近。いやまあ、オレが公爵どのに頼んで広めてもらったんだけどね。


「なんで、売らねーって言うなら諦めるが?」


 こちらの表情もわからねーだろうが、気配はなんとなくわかるもの。試されているとわかったのだろう、顔つきがなんとなく厳しくなった。


「いや、買ってくれるんなら買ってくれ。今のおれにはこれだけだ。売れなくちゃ先に行けねぇ」


 フフ。オレの出会い運、海の中でも健在のようだ。


「じゃあ、売ってくれんだな」


「ああ、もちろんさ。あ、他のところにあるのも買ってくれんのかい?」


「売ってくれんなら買うぜ。こんな機会、見逃す方がどうかしてる。買えるだけ買うさ。もちろん、色をつけさせてもらうぜ」


 なんちゃって商人だが、こんな大儲けを見逃すほど素人ではねー。チャンスはしっかりつかめ、だ。


「わ、わかった。あるだけ集める。しばらく待っててくれ!」


 紹介してくれればイイよと言う前に、駆けて……いや、泳いでか? ま、まあ、素早い動きで青空市場へと消えて行った。


 そんなせっかちなところもあんちゃんと同じだな。


 でもまあ、イイ出会いをした。


 海の中のことはハルヤール将軍やナルバールのおっちゃんしかいなかった。


 基本、ハルヤール将軍は軍人で商売のことや市場のことには疎い。かと言ってナルバールのおっちゃんに頼るのはなんか危険だ。あのおっちゃんは、商人としてやり手過ぎる。オレじゃ太刀打ちできんし、利用されるのがオチだ。


 となると、第三の存在をと考えていたが、海の中のことはさっぱりわかんねー。なんで絵に描いた餅でいた。だが、こうしてノットさんと出会えた。


 ならば、このチャンスを最大に活かし、ノットさんをこちら側に引き込め、だ。


 商品を恩で買う。そして、儲けるのがオレのやり方。オレの商売道だぜい。


 ノットさんが帰って来るまでマ〇ダムタイムと行きますかと、結界で空気のある空間を創り、土魔法でテーブルと椅子を二脚、創った。


 椅子に座り、無限鞄からグラスと葡萄酒を出す。


「突っ立ってないで、一緒にどうだい?」


 周りには誰もいない。が、オレがつけた結界マークはそこにある。


「……やはり、わかりましたか」


 海水が揺らぎ、魚人姫が現れた。


「スゲーな、魚人の魔法って」


 結界マークがなかったら絶対にわからないレベルだぜ、これ。


「ベー様のお力の方が凄いと思いますが? まさか見抜かれているとは思いませんでした」


 いや、わかってはいたんだろうが、それを口には出さない。なかなかバカしあいの上手いお姫さまだ。


「まあ、地上もいろいろ切磋琢磨してるからな。まあ、座りなよ。って、魚人は空気のあるところ、大丈夫なんかい?」


 今さらだがよ。


「長時間、水気がないところだと命にかかわりますが、少しの間なら問題ありません。では、お言葉に甘えて」


 結界を通り抜け、椅子へと座った。


「度胸のあるお姫さまだ」


 罠があるかもと思いながらもそれを顔……雰囲気に出さねーし、躊躇いも見せねー。確かに英傑と言われるだけはある。


「それで生きてきましたから」


 まあ、これだけのことをするお姫さまだ、平穏無事な人生(?)じゃないだろうさ。


「そうかい。まあ、どうぞ」


 カップに葡萄酒を注ぎ、自分のにはコーヒー牛乳を注いだ。


「ちょっと遅れはしたが、乾杯といこうや」


 オレの意図がわかったのか、カップを持ち、掲げて見せた。


「イイ出会いになることを願って」


「友好な未来になることを願って」


 乾杯とカップを鳴らし合った。

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