第589話 居場所

 ハイ、無事結界の中に戻って来たら、なぜかたくさんの魚人に囲まれてました。


 え、なに、いったい? 


「なんだい、あんたら?」


 そんなに魚に囲まれると怖いんですけど。


「下がりなさい」


 魚人姫の言葉に囲んでいた魚人さんが一斉に下がった。が、何人かにスッゴい睨まれた。なんでよ?


「失礼しました。わたしが消えたので慌てたのでしょう」


 ん? ああ、そー言うことね。確かに護衛対象が消えたら慌てるわな。そりゃ、睨まれて当然だわ。


「いや、ワリー。お姫さまが一人でのこのこ出て来るわけないよな。まったく気がつかんかったよ」


 うっかりオレ、反省です。


「いえ、周りが止めるのを振り払ってのこのこ出て来たのは事実なので、お気になさらず」


「そうかい。まあ、次があったら気をつけるよ」


 次があるかもいつになるかは知らんがな。


「はい。なるべく早く出会えるよう努力いたします。では、今回はこれでおいとまします」


「あいよ。気をつけてな」


 と、あっさり別れた。


 まあ、未来のためにがんばってちょうだい。と、魚人姫の背に心の中でエールを送った。


 椅子へと座り、ノットさんが来るまでマンダ〇タイムといきま――。


「――すまない、待たせた!」


 せんでした。でも、コーヒーは飲む。あーうめー!


「……あ、いや、あの、あんた、ベーだよな? 違うのか……?」


「いや、ベーだよ。どうしたい?」


 人の判別なんてできねーだろうが、服は同じなんだ、それで判断しろよ。オレは、ノットさんがしてる首飾りで認識してたぞ。


「いや、だったら反応してくれよ! 間違えたかと思ったじゃないか!」


「すまんな。オレの中ではコーヒーが一番なんでよ。飲むかい?」


 つーか、ミュータント亀(的な)はなに食うんだ?


「コーヒー? 海の上の飲み物か?」


 海の中の生き物は地上のことをそう表現すんだ。初めて知ったよ。


「ああ。この上では一般的じゃねーが、オレの命のもとだ」


 コーヒーがなくなったらオレは死ぬ。確実に死ぬ。それくらいオレに必要なものなのだ。


「そうなのか? ま、まあ、せっかくだからいただくよ」


 結界の中に腕を突っ込み、差し出したカップを受け取ると、当然のように腕を引っ込め、そのまま口にした。海の中なのに、だ……。


「苦いな。でも、薫りは好きかも」


 味や薫りもわかるらしい。どーなってんの、ミュータント亀(的な)って?


「……ノットさんらは、もしかして、海の中より海の上で生活する種族なのかい……?」


 魚人姫のようにカップで飲むことに躊躇いも違和感もなかった。いつもしてることをいつものようにしたって感じだった。


「ん? いや、基本は海の中さ。ただ、オレたちは空気を吸わないとダメで、一日に三回か四回は空気を包みに行かないとならないのさ」


 空気を包む?


「あ、オレらは魚人と違って海の中から空気を吸えないんでな、海の上に上がって必要な空気を纏うのさ」


 魔力を感じないところからして、魔法や魔術によるものじゃねーようだな。超能力かなにかか?


「じゃあ、海の上でも生活、は無理でも活動はできるってことかい?」


「まあ、やってやれないことはないが、そんな危険なことはしないな」


「危険?」


 謎が謎を呼ぶミュータント亀(的な)の生態だな。


「海の上はクルワが飛んでるからな、あれはおれらの天敵さ」


 クルワ? 海の上にミュータント亀(的な)もんを食う生き物なんていたか?


「火を吐くやつだよ。こう体の倍もある羽根があって、赤い鱗を持つやつ。知らないかい?」


「火竜か。あいつら、あんたらを食うんだ!?」


 火竜と言えば火山にでも住んでそうなイメージだが、なぜかこの世界の火竜は海の上、まあ、無人島なんだが、草木の生えてないところに住んでいる。


 なんでそんなところに住んでだと疑問に思ってたが、そう言う理由だったのか……。


「まあ、おれらばかりじゃないが、一番狙われるのはおれら海亀族だな。海の上にどうしても上がらなくちゃならないからさ」


 知られざる弱肉強食。世界は広いわ。


「なら、火竜がいねーのなら、海の上に上がれるわけだな?」


「まあ、それはそうだが、海の上には食い物がないからな、空気を包みに行く他は海の上には上がらないぞ」


「ちなみに、あんたらはなに食うんだい?」


「主食はクラゲだな。あとは、海草類に小魚、ヒトデ類も食べるな。まあ、基本雑食だな。海竜の肉も食うしな」


 意外となんでも食うミュータント亀(的な)なんだ。


「そんなに食えるんなら、どこでも住めんじゃねーの?」


 クラゲや海竜なんてどこにでもあんだろがよ。


「いや、地域が違えば食えるクラゲはいないし、海草も違う。おれたちにも食える食えないはあるからな」


 まあ、言われてみればそうだわな。オレたちだって植物は食うが、だからって全ての植物が食える訳じゃねー。どちらかと言えば食える植物の方が少ないだろうよ。


「ここら辺には、食えるのはあんのかい?」


「何種類かのクラゲがいるから飢えることはないが、それでも長い間いるとなると体にはよくない。クラゲは旨いがそれほど栄養があるものじゃないからな」


 そーゆーもんなんだ。海の中の食文化、奥が深い……。


「農業、とかはするのかい?」


「のうぎょう? なんだいそれ?」


 ないのかい、農業!? 初めて知ったわ!


「いや、それは時間があるときに説明するよ。で、だ。天敵がいず、食糧があり、棲み家があれば暮らすことは可能かい?」


「あ、まあ、できなくはないが、なんでだ?」


「あんたらの棲み家に適した島がある。まあ、ここからちょっと離れてはいるが、あんたらの新たな居場所となるぜ?」


 ノットさんらが逃げて来たのなら居場所は喉から手が出るほど欲しいはずだ。それに、ミュータント亀(的な)がここにいると言うことは人魚と生態は違うと言うこと。ならば、暮らすのは大変だろうよ。


「……居場所……」


「ああ。あんたらの居場所――いや、町だな。欲しくはないかい?」


「欲しい! おれらの町が欲しい!」


 ふふ。ならばくれてやるよ。


 ゼルフィング商会海支店(仮)も一緒に、な。

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