第582話 魚人姫

 オレの心の眼よ、開眼せよ!


 ………………。


 …………。


 ……。


 ハイ、無理。マジで無理。オレの中にある小宇宙すら爆発しなかったよ。


 魚は魚。魚の人にしか見えねーわ、こん畜生が!


「なんでだよ。確かにお姫さま連れて来いっていったけどさ、魚人のお姫さま連れて来てどーすんだよ。オレが求めてたのはお前んとこのお姫さまだよ。人魚姫なんだよ! 魚人のお姫さまとか誰得なんだよ!」


 ヤルブの横腹をガシガシと拳で叩いた。


「ちょっ、ベー! 殺す気かよ。止めろ! 鎧してても死ぬわ!」


「死ねよ。オレの夢と希望を粉々にしたヤツは死ねよ」


 もう死んで詫びろ。二度転生して人魚姫になって生まれてこいや!


「まあまあ、落ち着きなさい。そのうち人魚姫にも会えるわよ。ドレミ。ちょっと人魚になりなさい」


「はい。マスター。これでどうでしょうか?」


 メイド型の上半身に人魚の下半身。求めてるのはそれじゃないが、まあ、心の癒しにはなる。人魚姫に会いてーなー。


「で、第三皇女様がなによ?」


「……やさぐれるなよ……」


「別にやさぐれてないしぃ~。普通だしぃ~」


 ただちょっと、気が乗らないだけだしぃ~。


「ありがとう、助かったよ。えーと、君は?」


「気にしなくていいわよ。わたしはプリッシュ。ベーが抱いてるのはドレミね」


「地上にはいろんな種族がいるとは聞いてはいたが、こんな羽根の生えた種族や変身する種族がいるとは夢にも思わなかったよ」


「そうね。わたしも楽園を出るまで、こんなに沢山の種族がいるとは思わなかったわ。ほんと、不思議ね」


 なにやら種族を超えた友情ができつつありますが、なに、このメルヘンのコミュニケーション能力は? いや、適応能力と言うのか? 種族の壁をあっさり越えちゃってますが?


 なら、プリッつあんがやってよと、頭の上からメルヘンを外し、ヤルブに押しつけた。


「んじゃ、オレ帰るわ」


 さて。今度は山にでもドライブにいきますか。


「ちょっ、ベー! 帰るな!」


「ベーさま、帰らないでください! ベーさまに関係あることなんですから!」


 いつの間にかウルさん登場。今日も〇〇〇が素晴らしいです。ありがたやーありがたやー。


「え、えーと、なんですか、いきなり手を合わせたりして!?」


「きっと下らないことだから気にしない方がいいわよ。面倒だから引っ張って行きなさい。多分、現実逃避してるから抵抗しないわよ」


 あらやだ、このメルヘンさんたら、なにを言ってるのかしら? ボクは今、厳しい現実と戦っているところさ。ハッハッハー!


「で、なによ?」


「いや、部屋についてから切り替えなさいよ。と言うか、切り替え早っ!」


 おいおい、現実なんてスルー拳二倍も出せばいちころよ。ましてや魚人に夢なんてもってねー。魚は魚。どこまでも魚だわ!


 意味不明だよ、とかの突っ込みはノーサンキューです。


 まあ、なんやかんやでウルさんに引っ張られて領主館の応接室へとやって来た。


 ウルさんに椅子を勧められた魚人姫は、なんの躊躇いもなく椅子へと座った。


 オレの影響からか、ウルさんや領主館で働く者は椅子(リクライニングチェアっぽいものね)に座るようになり、抵抗はなくなったが、魚人がなんの抵抗もなく自然に座るところをみると、魚人ってのは人魚より人に近いかもな。


 ……まあ、顔や鱗はあるけど、人型だしね……。


「アウラペシラ皇女様。こちらがベーさまです」


 魚人姫を観察してたら、いつの間にか自己紹介になっていた。


「初めまして。帝国第三皇女、アウラペシラ・バン・シュラインと申します」


 自動翻訳の都合上、全ての言葉が自動翻訳される訳じゃなく、こちらにわかるように翻訳される謎仕様だが、一番謎なのは声音だ。女の声は女で。子供なら子供の声でと、人にしたらそんな声になるんじゃねーかって声音で聞こえるのだ。


 ……くそ。声音だけならお姫さまっぽいのによ……。


「そうかい。オレはベー。地上の生き物だ」


 誰か自動姿変換の首輪でも開発してくんねーかな~と、どうでもイイことを考えながら応えた。


「自動で翻訳されてるとは言え、種族の違いやら文化の違いがある。お互い、細かいことには目を瞑ろうや」


「はい。そうしてもらえると助かります」


 ほ~ん。なかなか話のわかる魚人姫だこと。これはもしかすると、地上の生き物と交流があったりするな。


「どうやら才女な皇女様のようだ」


 表情の変化はまったくわかりませんが、気配から驚いたのはわかった。


 ……オレの考えるな、感じろマジ優秀……。


「なるほど。お噂通りの方のようですね」


 オレ、魚人界でどんな噂が流れてんの? 気に、ならねーよ。どうでもイイわ。


「単刀直入に申します。帝国はあなたと講和を求めております」


 コウワ? って講和のことか?


「……別に、あんたの国と戦争してるわけじゃねーし、国交している訳でもねー。ましてやオレはこの国の王ってわけでもねー。なにか勘違いしてねーかい?」


「便宜上、講和と申しますが、帝国はあなたとの関係を改善したいと願います」


 なるほど。ポセイドンが思った以上に暴れてるわけね。まあ、自分で言うのもなんだが、アレ、結構えげつない仕様だからな。


「まあ、話は聞いた。ウルさん。あとは任せる」


「え、ちょっ、どう言うことでしょうかっ!?」


 慌てるウルさん、ちょっと萌え。


「オレとの関係を改善したいのなら好きにしたらイイさ。その歩みよりを見てから決める。なんで、ハルヤール将軍の損にならない程度で町にこの皇女様の場所を作ってやってくれ。生活費はそっち持ちな。なんで、ヨロシク」


 言ってそのまま応接室を出た。


「ベー」


 すぐにヤルブが出て来て、不安そうにオレに声をかけてきた。


「約束通り、話は聞いた。そっちも約束は守られた、んだろう?」


「あ、ああ。だが、帝国でも英傑と言われる第三皇女がこのまま引っ込むとは思えんぞ?」


「英傑だかなんだか知らないが、それは話し合いができたら発揮されるもの。会わなきゃなんともならんし、オレに話し合いをする気はねー。いや、しばらくはできねーって方が正しいか。しばらくオレはでかけるんで、海の中のことは海の中に住む者でなんとかしろ」


 まあ、ヤルブの言う通り、あの魚人姫が英傑なら、オレがいなくても暗躍するだろうが、最強のカードはこちらが持っている。好きに動け、だ。


「よき隣人となるかはあの皇女様次第。ふふ。どうなることやら」

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