第583話 エンターテイメント

 うん? 歌?


 領主館を出ると、なにやら歌、らしきものが聞こえてきた。


 自動翻訳されているようだが、これは歌声と言うよりは鼻歌が自動翻訳されて聞こえているって感じだな。


 どこからだと周りを見回すと、オレの店から聞こえてくる感じだった。


「綺麗な歌ね」


「ああ。なんだか心が持ってかれそうな心地よさがあるな」


 イイ気持ちだ~と、思わず流れそうな意識を、考えるな、感じろピューターが警報を出した。


 ――魔力遮断結界!


 慌てて結界を張ると、心地よさが霧散し、我を取り戻した。


 あ、あっぶねー。忘れてた。女の人魚の歌声は誘惑や魅了の魔法が宿るってウルさんが言ってたっけ。


 まあ、女の人魚なら誰でもってことはなく、魔力の保有量や才能、好きか嫌いでも強弱が違ってくるらしい。


 ウルさんは、そんなに歌が好きじゃないらしく、歌っても普通の歌にしか聴こえないらしい。


 ……ハルヤール将軍の内緒の話では、ウルさん、音痴らしいよ……。


「まるでセイレーンって感じだな」


 あんな強力な魅惑の歌だったら、本当に船が沈むぞ。


「でも、魔力遮断すれば問題ねーか」


 いや、魔力遮断してもイイ歌じゃねーか。録音して癒しが欲しいときに聴きたいぜ。


 どんなヤツだと興味が湧き、気まぐれ屋港店へと向かった。


「お客さん、いないね? 人気ないの?」


 いや、あんちゃんは大繁盛していると言っていた。が、プリッつあんの言うように店先には誰もおらず、中からも気配は感じなかった。


 訝しみながら店に入ると、カウンターの奥に若い、人で言えば十八、九の女の人魚が気だるそうに鼻歌を歌っていた。


 ……そー言や、ウルさん以外の女の人魚なんて初めだな……。


 ウルさんのときのような感涙はねーが、それでも女の人魚がいることに興奮する。やっぱ人魚は女じゃねーと映えねーぜ。


「邪魔するよ」


 声をかけると、やっとオレに気がつき、鼻歌を止めてこちらを見た。


「あ、え、いらっしゃいませ! すみません、今品切れ……あれ? 人? なんで!?」


 まあ、海の中にある店に人が入って来たら、そりゃ戸惑うわな。


「オレはベー。この店の持ち主だよ」


 長いこと来てないダメな持ち主ですが。


「ベー? あ、この店の! すみません、気がつかなくて!」


 なにやら元気な人魚さんだな。


「構わんよ。店の名前と同じで気まぐれに来たまでだからな。あんたが、働いてくれてんのかい?」


 人魚の店員を雇ったとは聞いていたが、興味がなかったから流していたんです。ほんと、マジ関心ない雇い主ですんません。


「はい。ナルバール様の紹介で働かせてもらってます。あ、わたし、タルマダルと言います!」


 ナルバールのおっちゃんね。どう言う基準で雇ったんだ?


「そうかい。よろしくな」


 あと、ついでにプリッつあんとドレミも紹介しておく。しないとうるさいから。


「品切れって言ってたが、入荷はしねーのかい?」


「はい。アバールさんには言ってるんですが、なかなか持ってきてくれなくて……」


「ベーのせいね」


 ハイ、わたくしのせいでございます。誠心誠意ごめんなさい。


「い、いえ、働かせてもらってるだけで幸せです。他の子は仕事を探すのも大変ですから!」


 なんでもこの人魚さん、戦争で村を失い、外の町に移民して来たんだってよ。他にも同じ境遇のがいて、スラム的なものまでできてるそーだ。


「仕事もねーのに移民して来たのか?」


「戦争がないだけマシです。それに、ここだと魚を何匹か捕まえたら食事ができますし」


 小人族にやるのに、魚はあるだけ買うとは言ってたが、そんなことして集めてたのか。ウルさん、やるな。


「ちょっと聞くが、女の、あんたくらいの年齢の人魚って結構いるのかい?」


「へ? はあ、はい。逃げて来るのは女子供が多いので結構います」


 どうも人魚の世界は、男尊女卑なよーで、戦いは男するもの。女は守るもの。とかで、安全な場所に疎開させるんだとよ。


 なるほど。それは好都合だ。


「女が仕事をするのは許されるのか?」


 前世じゃ仕事をするのもダメとかあったらしいしな。


「はい、働かないと食べられませんし」


 その辺は、地上も海も変わらずか。まったく、夢も希望もねーな。


「なら、別の仕事してみねーか?」


「え、あ、でも、あたし、ここで働けって言われて……」


「その辺のことはオレがなんとかするし、ナルバールのおっちゃんには上手く言っておく。あんたには損はさせねーよ。つーか、今の給金の三倍出す。そして、上手く行けばそれに見合った金を払うぜ」


 まあ、メンドクセーことはあんちゃんにマルっとサクっとお任せなんだが、こっちに手を回せないようでは店を開いていても意味はねーし、どうせ似たようなものを売ってるならあんちゃんの店に一括する方が手間が少ないだろう。


「……し、仕事ができるのなら、なんでもしますが、本当にいいんでしょうか……?」


「大丈夫だよ。これは、ナルバールのおっちゃんにも得になることだしな」


 物では儲けさせてはやれんが、違うことで儲けさせてやる。まあ、やるやらねーはナルバールのおっちゃん次第だがよ。


「な、なら、やらさせてください! 一族を楽にさせたいので!」


「おう。がんばって働け。あんたの努力次第では、城だって建てられるぜ」


 オレの勘が正しければこの人魚さんは金のなる木だ。真珠の儲けなんて子供の小遣いにも負けるぜ。


「あ、あの、それで、わたしはなにをすればいんでしょうか?」


 不安そうな人魚さんにビシッと言う。


「あんたには歌を歌ってもらう」


 ゼルフィング商会エンターテイメント部、ここに発足です! 

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