第576話 シャンリアル

「……これかな?」


「わかったのかっ!?」


 迫ってきた老騎士を結界で押し返し、ドレミが差し出してくれたカップを受け取り気を落ち着かせる。


 ふっと腕時計 (タケルからもらったやつね)を見れば三時間近く集中してたのか。我ながらびっくり。


 コーヒーを飲み干し、カップをドレミに返して再度、内容を確認する。


 老騎士からの情報と先生の書いた内容から言って、これだと思うのだが、病気万別の四分の一も進んでねーのに出てきた。なので、これかどうかはわからねー。


「つーか、キノコ病ってなによ?」


 叡智の欠片も感じねーほどのネーミングだな、先生よ。


 ま、まあ、第一発見者に名を決める権利があるし、わかりやすくてイイか。どうせ世に出すために書いたもんじゃねーしな。


「にしても、これ、病気ってよりは寄生じゃね?」


「……なぜにわたしに尋ねるの?」


 あ、いえ、他意はありませぬ。


 あーオホン。キノコ病ね。なかなかファンタジーな病気ですな。


「今さらなんだが、老騎士どの。なぜ、ここに来た?」


 ほんと今さらですみません。


「ある伝により参った。この村に高名な薬師どのと小賢者どのがいると。どうかお願い申し上げる。奥方様をお救いくださいませ!」


 まるで土下座するかのように頭を下げる老騎士。


「……あなたの前にいるのはクソ生意気なガキなんだがな」


「わたしの目の前にいるのは希望です。形など気にもなりませぬ。ただ、すがるまでです!」


 頭を下げる姿に一片の迷いなし。なんともスゲーこと。


 その姿勢には好感がもてるが、こちらにも思惑はあるし、これは会長さんが仕組んでくれたこと。でなけりゃあ、これまで自分の領地に目を向けなかった領主が、いきなり目を向けるなんてあり得ねーよ。


 頭を下げる老騎士からまた病気万別へと目を向ける。


「確証もねーし、勘でしかねーが、たぶん、これだな」


 オレの考えるな、感じろピューターはこれだと言っている。


「フロム、ベタリオスはわかるが、ザンロの実にコウガの尻尾? ザン、バモイノ、バルガドラってなによ? 治療薬の材料なのはわかるが、知らねーもんばっかりだな。つーか、配分とか手順とか書いてねーのかよ。これじゃ意味ねーだろうが」


 趣味だと言ってたから自分がわかってればイイんだろうが、医学書としては零点。とんでも本でしかねーよ。


「老騎士どの。奥方様とやらの病気……は、キノコ病。治せるものだし、材料も書いてある。だが、希望は遠いと言わざるを得ねー。まあ、A級冒険者を百人も雇い、高名な薬師を二、三十人に頼めば、奇跡が起こるかもなって程度だ」


 いや、絶望と言った方が正しいかもな。多分、この薬の材料の半分は魔族の住む土地にあるものだ。親父殿が百人いても厳しいだろうな。


「……そんな……」


 絶望色に染まる老騎士。それでもオレの話は理解しているとは、結構理性的なんだな。


「まあ、幸いと言うか、この病気……寄生体は、宿主を殺さないように長く生きさせる。それに、本には進行を遅らせる術も書いてある。濃い塩水に浸けておけば寄生体の力も弱まるそうだ。まあ、塩水に浸けるってのも体にワリーが、その奥方様とやらが意思が強ければ意識が目覚めるかもな」


 本には目覚めたケースが二件あったと書いてある。まあ、宿主 (検体だな)は魔族なので人に当てはまるかは謎だがな。


「…………」


 そんなの希望でも奇跡でもねーんだが、老騎士は顔を輝かせてオレを見詰めていた。


「かたじけない」


 姿勢を正し、深々と頭を下げた。


 なにやら騎士としての誇りだけじゃなく、奥方様とやらに強い思いがあるのか、顔を上げたその表情は慈愛に満ちていた。


「……一つ、オレから奇跡をやろう。ただし、対価はもらう」


 どうすると目で問う。


「我で払えるものなら幾らでも」


 まっすぐ、なんの揺らぎも躊躇いもなく、オレを見る。


「願いを叶えたければ王都にあるグレン婆の心地よい一時と言う店を探しな。ただし、領主自らじゃねーとその店のドアは開かねー。奇跡は己の手で開け」


 なんてそれっぽいこと言ってみた。


「対価はなんでしょう?」


 その強い眼差しに、ある核心を得た。


「その剣を、いや、あんたの名をオレに捧げろ。シャンリアル伯爵」


「お望みのままに」

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