第575話 帝国編と思いきや

 せっかく外に出たんだし、村長のところまでドライブするか。いろいろ話すこともあるしな。


「プリッつあん。これから出かけるが、どうする?」


「わたしもいく。なんかこれ気持ちいいし」


 なにやらゼロワンが気に入ったのか、窓の外を楽しそうに見ていた。


 空を飛べるメルヘンのくせに、空飛ぶ車が楽しいとはこれ如何に。まあ、形から入るオレが言うセリフじゃねーか。


 小さいまま山を下り、村長のところまで来た。


 あ、小さいと言え、ゼロワンが飛んでたらびっくりするので、迷彩結界を纏ってましたからね。


 迷彩結界を解き、ゼロワンを元サイズに戻した。


 だったら隠したままにいろよと突っ込まれそうだが、こう言うものがありますぜ、と周知させるのも必要。どうせオレだからと納得するんだからな。


「ベー!?」


 ゼロワンから降りると、使用人のおっちゃんがそこにいて、なんかオレを見て驚いてた。


 ……オレよりゼロワンに驚かねーってなによ……?


「どうしたい? そんなに驚いて」


 そう尋ねたら使用人のおっちゃんが回れ右。母家へと走っていってしまった。なんじゃい、いったい?


「ベー、なんかくたびれた馬がいるよ」


 頭にパイル〇ーオンしたプリッつあんの声に辺りを見回すと、馬小屋の前に、随分と年寄りな馬が草を食んでいた。


「騎士の馬とは珍しいな」


 鞍や鐙から言って、騎士が乗る馬なのは間違いないが、村に騎士が来るなんて、オレが三歳か四歳の頃見た以来だぜ。


「旅の騎士か?」


 まあ、誰かに仕えているから騎士であって、旅をする騎士なんていねーのだが、引退した騎士が旅に出るって話は何度か聞いたことはある。この馬の持ち主もそんなんだろうと思い、構わず母家に向かった。


「ベー!」


 と、なぜか村長の家からニーブが出て来た。


 ニーブって誰よ? と首を傾げる君に教えよう。オババの十番目弟子でオレの妹弟子よ。チェケラッチョ。


 ……ハイ、特に意味はありません。すみません……。


「どうしたい? 村長でも倒れたか?」


 村長は薬師でもある。それがニーブを、いや、オババを呼ぶなど村長になんかあったとしか考えられねーしょ。


「縁起でもねーことを軽く言うな」


 と、あと四十年は生きそうな村長さまが現れた。


「そりゃ失礼。村人ジョークだよ」


「じょーくがなんなのか知らんが、イイところに来てくれた。まあ、上がれや」


 と言うので遠慮なくお邪魔すると、思った通り……でもねーが、オババもちゃんといた。それと、老騎士も、な。


 百戦錬磨、とはかけ離れた、なんとも貧相な、六十は確実に過ぎてそうな、田舎のじいちゃん騎士であった。


 一応、古びた剣が横に置いてあることからして、騎士なのは間違いねーだろうが、武の人と言うよりは文の人って感じだな。あ、もしかして、徴税官か? 


 ……にしては時期外れだよな。徴税官は秋の収穫時期に来るし……?


 それはともかくとして、だ。老騎士がいるのにオレを招いたと言うことは、オレに用があることであり、村人ながら貴族の子になったオレを無下にもできんとのことだろう。


 貴族で騎士な者もいるが、田舎の騎士なんて兵士より上な感じで、それほど高貴な存在ではねー。会社で例えるなら主任みたいなもんだな。


「初めてお目にかける。我はシャンリアル伯爵に仕えるもので、ダルネスと申す」


「これはご丁寧に。オレは、ザンバリー・ゼルフィングの息子でヴィベルファクフィニーと申します。言い難いときはベーとお呼びください」


 うちの領主の騎士だったことにビックリはしたが、礼には礼をの気持ちで真面目に応えた。


 視界の隅でそんなオレに驚く村長たちに気がついたが、敢えて無視。オレはやるときはやる男である。ハイ、そこ。だったらやれよとの突っ込みはノーサンキューだよ。


「それで、なんなんだい?」


 オババに目を向けながら、問いは村長に向けた。


「実はな――」


 と説明し始めた村長の言葉を要約すると、伯爵の嫁がなぞの病気にかかってるんだとよ。で、最近、そのなぞの病気が黒丹病とわかったらしい。


「いや、黒丹病ならとっくにこの辺は滅んでるだろうが」


 黒丹病とは簡単に言うとペストだな。まあ、前世のペストとは違うが、一度かかったら死ぬってやつで、三百年前にこの周辺国で流行り、何十万もの命が消えたそーだ。


 どこかの賢者が特効薬を持って現れ、沈静化させたとか。まあ、お伽噺レベルだが、あれにかかったらとっくに騒ぎになっている。あれは伝染するタイプだからな。


「やはり、そうかい。わしも黒丹病の話は聞いてるが、どんなものかまではよく知らないんでね、違うとは言えなんだよ」


 いくらオババが名薬師でも、黒丹病のようなウイルス系は専門外。知ってるだけスゲーよ。


「ち、違うのか!?」


 目を大きくさせて叫ぶ老騎士。あれの威力を知ってたらよかったと叫ぶことだろうよ。


「この近辺で大量に死んでなければ黒丹病ではないですね」


「では、奥方様はいったいなんの病気なんだ!?」


 知らねーよ。と言いたいが、薬師を頼って来たらそれは自分の患者。見捨てるのは薬師としての恥だ。


 それに、思惑もある。ここで見過ごすのは得策じゃねー。


「どんな症状なので?」


「……しょ、症状……?」


「ここにいもせず、診もせずなんの病気なんてわかったら、薬師や医者はいりません。薬師や医者は万能ではありませんよ」


 感情的になるのはわかるが、それをぶつけられるこちらの身にもなれ。言ったように薬師や医者は万能じゃねー。聖人君子じゃねーんだよ、笑って流せると思うなよ。


「……すまぬ……」


 ほぉう。感情を抑えつけ、謝れるとはなかなかできた老騎士だ。


「その謝罪、受け取りました。で、どんな症状なので?」


「体中に黒い点が無数に表れ、糸のようなものが皮膚についております」


「いつからそうなりました?」


「六年前くらいからで、年毎とに酷くなっていきます」


 それで死なないとか、ほんと、ファンタジーな病気は厄介だぜ。


「オババ、そんな症状、聞いたことあるか?」


「わしは、聞いたことないね」


 村長はと問うと、オババに同じだった。


 と言うことは一般的じゃねーってことか。


「ここは、先人の知恵に頼るか」


 収納鞄から先生が書いた病気万別なるぶ厚い本を取り出した。


「しばしお待ちを」


 さて。先生の叡智に引っかかってますように。

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