第555話 明鏡止水(現実逃避)パート2

「う~ん! 朝の海は気持ちイイぜ!」


 初夏と言うのもあるが、涼やかな風がイイ感じに体に当たり、酸っぱい臭いが心を――。


「――ゲロゲロゲロ」


「…………」


 モザイク結界、発動ぉっ!


 ハイ、テイクツー、アクション!


「あー海が気持ちイイ~!」


 って、なるか! 気分台無しだわ!


 クソ! 二日酔い系メルヘンがっ、ゲロ吐いてんじゃねーよ! 全国五万人くらいのメルヘンファンに謝れ! そして、こっちくんな! ゲロ臭いわ!


「……ベー、気持ち悪いよ~」


「ちょ、おま、止めろや! 吐きながらくんなや!」


 二日酔いのクセにイイ動きしやがって、逃げる方向逃げる方向に飛んで来やがる。なんなんだ、このメルヘンは!?


 必死の回避も空しく、ゲロ臭いメルヘンがオレの頭にパイ〇ダーオン。朝シャンした髪が朝ゲロになってしまった……。


 急いでつかんで放り投げようとしたが、このメルヘン、オレの髪に巻きつき、更にゲロ臭をつけて来やがった。


 なんとか引き剥がそうと悪戦苦闘してたら王都の港に到着。臭いと船から追い出されてしまった……。


 なにこの仕打ち!?


 なんて叫んだところで状況は変わらない。倉庫の風呂にいこう……。


 倉庫につくと、ちょうどガキんちょどもが中から出て来たところだった。


「兄貴!」


 と、何番目かに出て来たデンコがオレのことに気がつき、嬉しそうな顔で駆け寄って来た。


「おう、デンコ。元気にやってるか?」


 時間にしたらそれほど経ってはいねーが、心情的には一年近く会ってねー感じだな。


「はいですだ! 皆も元気に仕事してるだよ!」


「そうか。それはよかった。ゆっくり話を聞きてーところだが、いろいろ忙しくてな、また今度聞かせてくれ」


 つーか、一刻も早くゲロ臭を消したいです。


 ちなみに結界を纏って臭いをもれないようにしてます。兄貴、臭いと言われたらオレは死ねる自信があるねっ。


「わかっただ。またな、兄貴!」


 おうと応え、ガキんちょどもが見えなくなるまで見送り、いなくなったら風呂場へとダッシュ。服を脱いでシャワーを浴びた。


 頭の上からゲボゲボ聞こえるが、ゲロ臭の前ではどうでもイイこと。あ、こんなことならカイナーズホームでシャンプー買っておくんだったぜ。


「しょうがねー。臭い消しにフラワーエキスでもかけておくか」


 石鹸シャンプーなんて作り方知らねーから手は出さなかったが、花人族からいろいろな効能があるエキスをもらい、臭いを消して花の香りを出すものがある。


 香る男とか恥ずかしいんで使ったことはないが、ゲロ臭よりは何億倍もマシ。つーか、いっそのこと殺せだわ!


「ふ~。すっきりさっぱりだぜ」


 風の魔術で髪や体を乾かし、新しい服に着替えた。


 まあ、服には結界を施してはいるが、気分的になんか嫌。全てを清潔にしたいんだよ。


 新たな気持ちでマンダ〇タイム。気持ちを入れ換えるにはこれが一番なのだ。


「ん?」


 なにか視線を感じて周りに目を向けると、犬耳ガールがベッドの陰からこちらを見ていた。


 年の頃は、モコモコガールと同じくらいだろうか、これと言った警戒もなく、ただ、知らない人がいるって感じで見ていた。


 あのときのガキんちょ全てを記憶している訳じゃねーが、黒い犬耳のはいなかったはずだ。


 こーゆーときは慌てたり声をかけたりするのは悪手だ。こちらも相手を認識したと言う態度と目線で、構わずコーヒーを飲み続ける。


 見詰め合いをしたまま時間が流れるが、焦ったらダメだ。これは持久戦。先に動いた方が敗けだ。


 なんの勝負をしてんだよ、との突っ込みはノーサンキュー。オレにもわからんわ。


「……誰?」


 根比べに敗けた犬耳ガールが問うてきた。


「オレはベー」


 簡素な問いに簡素に答えた。


「なにしてるの?」


「コーヒーを飲んでる」


 同じように返す。


 また見詰め合いが再開するが、動揺は見せず、コーヒーを飲む。


 五分くらい経っただろうか、犬耳ガールがベッドの陰から出て来て、オレの前に立つ。


「ドロボー?」


「違うけど」


 第三者から見たら「なんだこれ?」な状況だろうが、オレとしては成り立ってると感じていた。


 いやまあ、オレもこの状況を理解してるわけじゃねーが、たぶん、これが犬耳ガールへの対処としては正解なんだと思う。


「じゃあ、なに?」


「村人だけど」


 無表情ってわけじゃねーが、薄かった表情がちょっとだけ濃くなった。まあ、眉をしかめたって感じだ。


「逆に聞くが、お前、誰?」


「リアム」


「そっ」


 それで満足と、空になったカップにコーヒーを注ぎ、ゆっくりと飲み始めた。


「……なんなの……?」


 声に激情が籠った。


「なにが?」


 それを冷たく返す。


 なにか言いたいのだろうが、その言葉が出てこず、イライラし始めた。


「思いを伝えたいのならもっとゆっくり考えろ。感情をもっと前に出せ。自分を伝えたいのなら相手に合わせろ。その思考を制御しろ」


 多分、こいつは頭がイイ。いや、よすぎて思考が先へ先へといきすぎて言葉がついてこないんだろう。だが、経験不足から無反応無表情簡素な答えから相手の思考を読み取れず、思考できずに苛立っているのだ。


「思考の制御?」


「そうだ。自分を制御できるのは自分だけ。リアム以外にはできないんだよ」


「思考の制御。自分の制御。リアムがする……」


 天才の思考など、凡人のオレには理解などできんが、天才を相手してきた経験なら誰にも負けん。


 明鏡止水めいきょうしすい。またの名を現実逃避とも言う。

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