第554話 飲んで忘れろ
予想通りと言うか、当然と言うか、アブリクト島に到着する頃には陽が完全に沈んでいた。
暗くて島の概要はわからなかったが、この時代、魔術で光りを創り出すことはそれほど難しくはなく、ちょいと学べば誰でもできるものであった。
そんなヤツが結構いるみたいで、いたるところに光りが灯っていた。
「夜も作業してんのか?」
「いや、夜行性の海竜や虫除けさ」
なんでも夜行性の海竜は、光を嫌うようで、こうして明るくしてないと近づいて来るんだってよ。
「虫は寄って来るんじゃねーの?」
「海の虫は魔光のなんかが嫌いなようで寄って来ないんだよ」
へ~。それはイイこと聞いた。港までの通路は魔光にしよう。いや、港全体にやるか。虫ども、覚悟しとけよ!
「って、なんか被害は出てんのかい?」
一応的には結界は敷いてるが、本格的な海竜対策なんてしてねー。いや、正直言って外敵対策なんて忘れてたわ。
「いや、被害は出てないよ。ここは、海竜の生息圏ではないし、頻繁に船が通るから大型のはいないからね。まあ、だからと言って海はなにが起こるかわからない。念には念を、さ」
さすが海で仕事をしているだけはある。頼もしいね~。
赤毛のねーちゃんが歩き出したので、そのあとに続いた。
「総督邸も結構できてんだな」
簡易的に土魔法で創ったが、なにやら細かいところまで手が入り、なかなか立派なもんになっていた。
「土木屋や建築屋を雇ったからね。いろいろできてるよ」
「泊まるところなんてあるのか?」
建物はちらほらと建っているが、人が住んでるのは二つ。大規模に泊められる大きさじゃねーだろう。
「通いで来てんだよ。ここには酒場もなにもないし、家族がいる者は泊まりたくないそうだしね」
なるほど。世界が違えど仕事終わりの一杯は明日への英気。それが楽しみで生きてると言っても過言じゃねー。それを奪ったら反乱が起こるわ。
総督邸に入ると、中もキレイに仕上がっており、いつでも営業できる感じだった。
「親父さんは?」
内装はできてるようだが、事務ができるようにはなってないようで、机がいくつかあり、羊皮紙が何枚か乗ってるくらいだった。
「二階にいるよ」
と言うので二階へ。開け放たれた総督室へと入ると、皮羊紙に囲まれた親父さんと、まさに事務職と言った感じの男が何人かいた。
「お、ベー。よく来たな」
不意の訪問にも関わらず、親父さんがフレンドリーに迎えてけれた。
「夜中まで仕事とか、大変だな」
「なに、やり甲斐があって楽しいさ。どうしたい、今日は?」
「今、イイのかい?」
修羅場にはなってねー見たいだが、忙しいのはなんとなく理解できた。
「まあ、休憩も大切だしな、コーヒーを頼めるか?」
「あいよ。夕食は食ったのかい?」
「いや、まだ食ってない」
ならと、収納鞄から料理を出し、ドレミに並べてもらう。あと、瓶ビールがあったはずだからそれも出してやるか。もちろん、よく冷えたやつをな。
「いい匂いだ。皆、ありがたくいただこうや」
事務職な男たちが席につき、喜びながら食い始めた。ついでに赤毛のねーちゃんと副船長の少年も。
「ほれ、これも飲みな」
魔術で冷やしたビールをコップに注ぎ、配ってやる。あ、赤毛のねーちゃんと副船長の少年は、葡萄ジュースだよ。君たちには朝早く戻ってもらうんだから。
「ほおう、旨いな、これ。喉ごしが最高だ。なんなんだ、これ?」
「ビールって酒さ。気に入ったのなら何本か置いていくよ」
「それは助かる。酒がないと仕事に支障が出るからな」
「酒が唯一の娯楽かい?」
「まーな。まだなにもないところだ、食い物と酒に走ってしまうのさ」
まあ、確かにそれしかねーか。賭け札やチンチロリン的なギャンブルはあるが、儲けたところで使う場所もねー。なんか娯楽を考えんと精神的に参るかもな。
「まあ、今は酒で晴らしてもらうしかねーか。なら、酒をたくさん置いて行くよ。結構あるからよ」
以前、港の酒場でバカやらかしたときの酒が結構ある。それで我慢してもらおう。
前世での酒がほとんどだが、人外さんらは倒れるくらい飲んでたから口には合うだろう。
「……結構どころか商売ができそうな量だが……」
「余ったら売ればイイさ。親父さんに任せる。好きにしな」
酒屋が開けそうな量を出したが、これでもまだ半分。どんだけ出したんだよって話だ。
「あ、ああ。なら遠慮なくもらっておくよ」
「おう。もらっとけ。その見返りとして赤毛のねーちゃんらはもらっていくぞ。もちろん、船ごとな」
「はぁ!? ちょっと待て。それは困る。ナバリーは唯一の流通手段なんだぞ!」
「それがわかってんならちゃんと娘を縛っておけ。身内だからって甘く見てたら逃げられるぞ」
もちろん、奪われもしますのでご注意を。
「いや、だが、ナバリー! お前、急になんでだ!?」
ふ~ん。赤毛のねーちゃんの前では親父さんもただの父親か。娘の心情をわかってねーよ。
……いや、オレも年頃の女の心情なんて知りませんけどね……。
「あたいは、海を駆け回りたいんだ。毎日毎日行ったり来たりなんて嫌だ!」
「あ、う、いや、ベー!」
こっちくんなよ。自分の娘なんだから自分でなんとかしろ――と言うのは酷か。強いようで娘にはダメっぽいし。
「別にすぐ連れていくわけじゃねーし、代わりに魔道船を一隻置いていく。それに、今度帝国にいくから魔道剣をいくらか仕入れて来て、サリエラー号の同型船を造る。なんで、赤毛のねーちゃん。しばらくは操船技術を高めておけ。オレのところでは海竜のいる海でも走ってもらうんだからな」
多分、戦闘もしてもらうかもしれねー。しっかりと腕を磨いてもらわねーと海の藻屑になるぜ。
「……わ、わかったよ……」
「結構。しっかり腕を磨いてくれよ」
愚痴を言わないだけ立派。イイ船乗りになれるぜ。
「まあ、そんな感じなんでよろしくな、親父さん」
言ってビールを注いでやった。
「くそ! 今日は飲むぞ!」
おう。飲んで忘れろ。相手にプリッつあんをくれてやるからよ。ほいっと。
「まったく、しょうがないわね。付き合ってあげるわよ」
親父さんの肩に座り、なんか慣れた感じで相手し始めた。
「…………」
えーと。プリッつあんの度量に敬礼デス。
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