第538話 その名はリリー

 そして、すぐに閉めた。


「どうした?」


 うん、ちょっと待ってね~。なんかオレのなにかが拒否反応しちゃってさ、しばし、心の準備をくだされ!


 んーと。えーと。あれだ。がんばれ~オレ~! 負けるなオレ~! フレフレオ~レ! 


 ……ゴメン。無理。もう、心が折れそうですわ……。


「なに、四つん這いになって泣いておる?」


 世の不条理にだ、こん畜生がよっ。


 とは言え、このまま負けたところで状況は変わらねー。いや、ここで踏ん張らねば幸せな明日はやってこない。負けるな、オレ!


「……え、えーと、なに、コレ……?」


 なんとか踏ん張って立ち上がり、今のがなんなのかを問い質した。


「聖女だが?」


 さも当然とばかりに返されました~!


 奈落の底に落ちていきそうな意識を踏みとどまらせ、血を吐く思いで現実に目を向けた。


「……せ、聖女の定義ってなによ?」


「か弱き者の戦うことじゃないか? 妾はよく知らんが」


 ハイ、また聞きぐらいの知識しかありませんでしたー。クソが!


 ――聖女。


 その字面だけ見たら、先生のまた聞き程度の理由でも聖女と呼べなくはないし、オレもそんな程度の認識しかねー。


 そもそも聖女なんて言葉では聞いたことはあるが、聖女について考えたこともねー。オレの出会い運でも聖女なんかに会ったこと……いや、会っちゃいましたね、今。うおー! 己の出会い運をこれぼと呪ったことはねーぞ、こん畜生が!


「なにを一人で悶えておるのだ、お前は?」


「悶えるわ! 今までにないくらい悶えるわ!」


 あれを見て『聖女なんだ~』とか素直に思えたら脳ミソ腐ってるわ! クソだわ! つーか、もう天に召されてくださいだよ!


「なんなの、これ? なぜにこれを聖女だと言う!」


「妾も噂程度にしかしらんが、なんでも人に育てられ、種族差別に憤慨して立ち上がったとか。戦場では一騎当千の戦いをしたそうだ」


 いやそれ、戦場の英雄の話になっちゃってるから! 最後、聖女じゃなくなってるから!


「まあ、最後は仲間の裏切りにより公開処刑を受けたが、なかなか潔い死を見せたので検体として妾がもらい、実験したのだがな、これまた強い魂を持ったヤツでな、何度やっても魂を消さぬのだ。それどころか、暴れだしてな、城を半壊されてしまったよ」


 アハハと笑う先生。あんたの生徒であることを誇りに思うよ、クソが!


 なんかもうどうでもよくなってきたが、先生の中ではもうオレの持ち物。オレがなんとかせねばならんのだ、堪えれ。そして、越えろ!


 なにをだよ! とは突っ込みてーな、自分によ。


「ま、まあ、それはイイ。まだイイ」


 いや、よくはねーんだが、そんな話なら前世じゃよくあること。いや、知らねーけど、驚くほどでもねー。だが、なぜにコレ? なんで持って来ちゃったのよ?


「可愛かったからだ」


 キッパリ言う先生。あんたの趣味がよーわからん。


「とにかく、お前の好きにしろ」


 棺へと手を伸ばす先生の腕をつかみ、待ったをかける。


「オレが開けるよ」


 収納鞄からタオルケットを出し、ちょっとだけ開けて、隙間から放り込んでから全開にした。


 ……ほんと、ファンタジーって進化論にケンカ売ってるよな……。


「変なところで紳士だよな、お前は」


「変なところじゃなくても紳士だよ、オレは」


 これがなんであれ女は女。ガキとは言え、すっぽっんぽんな姿を見られんのは嫌だろうが。人に育てられたとか言ってんだからよ。


「まあよい。では、最終拘束具を解除するぞ。よいな?」


「ああ。やってくれ」


 本音としては止めてくださいだが、聖女の目に強い意思があるのがわかったら覚悟が復活した。


「解除」


 先生の言葉で聖女の手首と足首を拘束していた金属が砂のように崩れた――その瞬間、聖女が棺を飛び出し、その一騎当千だと言う拳(?)をオレに放ってきた。


「イイパンチだ」


 オレの右頬に決まるが、せいぜい三トンくらい。まだまだオレを揺るがせるもんじゃねー。


 ……まあ、結界術で堪えましたけどね。つーか、美丈夫なオーガより強いな、この聖女さん……。


「それより、立派なものが見えてるぞ」


 見えてもなんも嬉しくはねーがよ。


「――――」


 はっとして落ちたタオルケットで前を隠し、顔を赤らめた……と思う恥じらいを見せた。


 ――乙女か!


 なんて突っ込みが出かけたが、必死に飲み込んだ。


「オレはヴィベルファクフィニー。長いんでベーと呼んでくれ」


 相手を安心させるためにニッコリ笑った。


「……リリー、よ……」


 なんかアニメ声が出たー!


「そ、そうかい。リリーか。イイ名前だな。初対面でワリーが、あんたはオレがもらった。だが、自由意思がねー人形に興味はねー。だから聞く。リリーは、生きたいか?」


 なんかいろいろあるだろうが、なにより大切なことはそれだ。それがあるかないかで全ては決まるんだよ。


「わたしは、ものじゃない。人よ」


 バンベル以来のストレスが押し寄せてくるが、ここは堪える場面。堪えろ、オレ!


「リリーがなんであるかなんてオレには興味はねー。自分を決めるのは自分だ。オレにとやかく言う権利はねー。オレはリリーに問うてるんだよ。生きたいかとな」


 ハイ、ウソです。もう気になって気になって、今すぐ叫びたいでやんす!


「……生きたい。人として生きたいわ……」


 その宣言に、ウソ偽りだらけの笑みをリリーに見せた。


「わかった。なら、遠慮なく人として生きな。応援するよ」


 根性拳、一万倍! で己を維持する。


「プリッつあん。リリーに服を頼むわ」


「え!? なにその無茶振りは!?」


 頭の上で茫然としていたプリッつあんをリリーの頭に乗せた。逃れぬように結界で固定する。あ、しばらくしたら解けるからっ☆


「じゃあ、野郎は上にいってるよ」


 爽やかにその場を離れ、リリーからの視線が途切れたところで超全力疾走。甲板に出てそのままクレイン湖に飛び込んだ。


 ――あんたカバやん! カバ子ちゃんやん! 人ってムチャクチャやーん!


 溺れ死ぬのを覚悟して、オレは全力で突っ込んだ。 

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