第539話 楽しくいこうぜ
「……なにやってんだお前は……?」
上から呆れとも戸惑いとも取れる声が辛うじて耳に届いたが、死ぬ直前のオレには確かめる術なし。つーか、ここはあの世ですか?
……あ、神さま。今度は平穏な人生をください……。
――諦めよ。
とか幻聴が聞こえましたが、幻聴だからなかったことにします。
「ベー、大丈夫?」
声からしてルンタが、動けぬオレを揺らしてくる。
すまぬ。もうしばらく土左衛門を続けさせてくだされ。
結界も纏わずクレイン湖に飛び込み、水の中で突っ込みまくる。うん、こうして生きてるのか不思議でたまんねーよ。
「……ベー。着替えさせたわよ――って、なにこの謎状況は!?」
「いや、おれたちにもなにがなんだかさっぱりだ。なんか奇声を上げながら湖に飛び込んだと思ったら、中で叫んで溺れてたんだよ。で、その白蛇が助けて今に至る」
簡素な説明ありがとう。
「バカね」
適切な感想をありがとう。お礼にあとで悶絶するくらい撫でてやるよ!
「なにをやっておるのだ、このバカは?」
容赦のない罵りをありがとう。つーか、元凶に言われたくないわ!
「まあ、ベーだし、ほっとけばよい」
「だな」
とか言って、周りにいた者たちが去っていくのがわかった。薄情どもがぁ~!
など怒りたいが、まだ土左衛門から抜け出せない。誰かヘルプミ~! と心の中で叫んでいたら、突然体が浮いた。いや、誰かに持ち上げられた。
「大丈夫?」
ハイ、このアニメ声からしてカバ子さ――じゃなくてリリーさんでした。
「……な、なんとか……」
なにやらお姫様だっこされる状況だが、今のオレには抵抗できない。って言うか、現実を見る勇気がございません。誰かこの謎状況を打開してください!
しばし救いのヒーローがやって来るのを待つが、そんなものいねーよとばかりに時間だけが流れていった。
「……あなたは、わたしを化け物と呼ぶ?」
カバ子――じゃなく、リリーの問いに、近くにあった石に手を伸ばし、握り砕いた。
「……リリーは、オレを化け物と呼ぶか?」
リリーを見るが、表情ワカリマセーンでした。
「オレは別に化け物と呼ばれても気にはしねー。言いたいのなら好きに呼べ。オレの耳には届かねーよ」
あっそ。だから? くらいなどーでもイイことだ。
「オレはオレだ。オレのことはオレが決める。我が儘? 傲慢? 不遜? ああ、どれも認める。反論もしねー。だが、オレの人生に口を出してくるんなら容赦はしねーぞ。オレはオレのために生きるって決めたんだからな」
その決意と覚悟は絶対に揺るがねーし、その結果も覚悟している。イイ人生だったと、必ず言ってみせる。
「……強いのね……」
「それを口にするのはあんたの、リリーの自由だ。好きにしろ。だから、オレも自由に言葉を出せてもらう」
リリーの目をまっすぐ見る。
「そんなありきたりな言葉でオレを語るな。この覚悟を侮辱するな。これまでの努力を否定するな。オレの人生はオレだけのものだ!」
リリーの人生に興味はあるが、だからって無闇に踏み込んだりはしねーし、否定もしねー。なにより、リリーの人生をオレの人生と一緒にするな。ムカつくわ!
「……ごめんなさい……」
「別に謝らんともイイよ。言う言わないはあんたの自由だ。が、その謝罪はありがたくもらっておくよ。あと、オレも謝るよ。強く言い過ぎた。こうして介護してもらってんのに、恩を仇で返しっちまったな。悪かった。すまん」
心の目で見ればそこには清楚で乙女な聖女がいる。妄想拳、百倍を出したらだけどさ……。
「ううん。いえ、その謝罪、ありがたくいただくわ」
心の中のリリーさんが優しく笑った。
「なあ、リリーさん。周りを見てみな。なにが見える?」
目線を傾ければ、最初の飛空船が着陸しており、魔族の開拓民が下りて来るところだった。
「……魔族に、人、妖精、水妖蛇、ノーム、なんなの、これは……?」
意外と、かどうかはわからんが、なかなか博識なカバ子――じゃなくてリリーだった。
「ここに、つーか、この地下に他種族多民族国家を創っている」
心の中のリリーが、目を大きく見開いてオレを見た。
「……あ、あなた、何者なの……?」
「オレは村人。ゆったりまったりスローライフを送りてー、ただのバカ野郎さ」
「…………」
心の中のリリーが……って、もうイイわ。そろそろリリーさんの存在を受け入れられてきたよ。
それがオレクオリティー。ヘイ、ここは突っ込むところだゼ。
「まあ、納得してくれる者がいねーのが悲しいし、納得しろとも言わねー。だが、オレは村人。好き勝手に、バカなことをして生きたい。なんで、代わりに陣頭指揮を取ってくれるヤツが欲しいんだわ。つーか、リリーさんに任せてー。やってくれや」
「……と、突然過ぎて、わからないわ……」
「まあ、そりゃごもっとも。なら、しばらくはオレの補佐として手伝ってくれねーかな? 住むところと手当てを出すからよ」
どうだい、とリリーさんを見る。
「……わたしは……」
「難しく考えることはねーよ。もし、やりたいことが出てきたら好きに抜けてもイイ。やるやらないはリリーが決めろ。決めたのならオレは全力で肯定するよ」
そのときはそのとき。また違う方法を考えるさ。
「まっ、すぐに答えを出さんとも構わねー。まずは、この暮らしに慣れろ。全てはそれからだ」
急ぐ計画じゃねー。まったりゆったりやってけばイイさ。
「……わかった……」
返事はそれだけだったが、オレには充分な応えだ。
「まあ、せっかく繋いだ人生だ、楽しくいこうぜ、リリー」
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