第524話 明るい未来に乾杯

 食後のゆったりまったりコーヒータイム。あーうめ――。


「うっふん。おじさまぁ、今日は帰さないんだから~」


 ブー!


 思わず口にしていたコーヒーを噴き出してしまった。


「うわ! ベーキタな!」


「うわ、キタな! じゃねーわ! 君はなにしちゃってくれてんのよ!?」


 酒好きなメルヘン。殿様と晩酌でもするかと思ったら、殿様の肩にしなだれ、そんなことを言っちゃいました。


「え、おじさまを接待するときはこうするってカイナが言ってたわよ」


 あ、あの、腐れ魔王、テメーはなにしてくれちゃってんのよ! 温泉街のコンパニオンじゃねーんだぞ! いや、知らんけど!


「それに、人外さんには好評だったよ」


 じ、人外どもがっ! 今度会ったら正座させて説教したるわ! 覚えてやがれ。


「そう言うことは二度とすんな! いろいろアウトだわ!」


「変なベー。おじさま、喜んでるのに……」


 ギンと殿様を睨むと、光の速さで視線を反らしやがった。


「……つーか、プリッつあんよ。それ、乙女的にイイのかよ?」


 それ、乙女がすることじゃねーわ!


「いい女は男を転がしてこそ価値があるって、サリバリたちが言ってけど?」


 あ、あの、腐れ乙女どもは……。


 この世界の女は超肉食。超現実主義者だ。まだ十やそこらの幼女……でもたまにいるが、男が優良物件と見たら食らいついてくる。まあ、それをどうこう言うつもりはねー。こんな世界だ、愛だの恋だの言ってたら生きていけねー。イイ男は捕まえろ、だからな。


 だが、それを無知なメルヘンに教えんじゃねーよ。メルヘンコンパニオンとか情操教育にワリーわ。サプルが覚えたらオレは世界を敵にすんぞ、ゴラァ!


「ったく。殿様の接待はイイから、大人しく飲んでろ」


「なによ。せっかく気を利かしてあげたのにさ」


 そんな気の利かせはいらねーんだよ。ったく!


「殿様も残念な顔してんな。そーゆー趣味か?」


 プリッつあんの見た目は十六、七。客観的に観れば美形だろうし、普通の男なら許容範囲だろう。金持ちが若い十代の女を妾にするって話も普通に聞く。


 が、殿様は五十過ぎ。超絶にギルティーだわ! 


「あ、いや、まあ、美しい女性に酌をしてもらえるのは嬉しいものだぞ。最近、仕事仕事で溜まっておったからな」


 その溜まったものは言及しねーが、そーゆーのはオレのいないところでしやがれ。気持ちワリーわ!


「ウホン。あーなんだ、酒が旨ければそれでよいさ。あー酒がうめー!」


 わざとらしいが、それに付き合うのもメンドクセー。スルー拳七倍。サラっとスルーだ。


「真面目な話をするぞ」


「お、おう。真面目な話をしようぞ」


 切り替えのよさが、よき指導者の証。まさに殿様である。


「小人族の農業ってどうなってんだ?」


「農業とな? 専用の島でやっておるが?」


「いや、それは知ってる。オレが言いたいのは、ドウ・ゲンは農業してるのかってことだ?」


 見た限り、浮遊島はここ一つ。しかも、農業をやっている光景は見て取れなかった。


「島は一つ用意するのがやっとで、農業はしておらん」


 やっぱりか。そうだとは思ってはいたが、そうはっきり聞くと胃にくるものがあるな。


「もちろん、備蓄はしていたのだが、予想以上に消費が激しかった。我の責任だ」


 そうせねばならない理由があったんだ、それについてどうこう言うつもりはない。殿様はよくやってると思うぜ。


 まあ、慰めても心が軽くなることはねーし、その気持ちは戒めとなる。持っていた方が殿様のためになるんで口にはしなかった。


「今から農業をできる島を造るのに、何年かかる?」


「島だけなら五年。農業しようと思うなら軽く十年は欲しい」


 畑は土作りから。土地があればイイってもんじゃねー。


「ただ、一年で造れないこともない」


 それは時間以上に問題があると言っているようなもの。だが、時間に勝るなら聞く価値はある。説明ブリーズです。


 席を立った殿様は、棚に飾られていた拳くらいの水晶玉を手に取り、オレに渡した。なんだいこれ?


「浮遊結晶石――の、成れの果てだ」


 成れの果て?


「古い島、人工の島にはそれが使われており、それが元の状態なら、この島の約六倍の島を浮かすことができる」


 そりゃまたスゲーな。この世界、どんだけだよ。


「元の状態に、ってことは、壊れているわけじゃねーんだろう?」


 ただの透明な水晶に見えるが、ファンタジーは見た目ではわからない。感じてこそ見えてくるものだ。


「ああ。元の状態には戻せる」


「どうすればイイ?」


 単刀直入に問う。


「至極簡単。魔力を注げばよい」


 なんとなく、殿様の言いたいことが理解できた。


「つまり、無理ってわけか」


「ああ。魔力を込めるのに軽く百年はかかるだろう」


 なるほどね。小人族の魔力はその小ささに合わせたかのように低い。前に殿様から聞いた話では、大魔導師ですら人の魔術師くらいの容量しかないそうだ。


「だが、逆を言えば魔力さえ解決できればイイってことだ」


 時間は進ませることも短縮することもできねーが、魔力なら増やすのも減らすのも可能だ。


「それはそうだが、何十万人もの魔力だぞ。どう用意する?」


「用意はしねー。つーか、近くにある」


 知り合いに人外がたくさんいる。そのどれもが超魔力の持ち主だ。


「魔力はオレがなんとかする。殿様は農業をする計画を進めてくれ。たぶん、島も用意できると思う」


 浮遊結晶石を預り、収納鞄に仕舞った。


「まあ、今日は明るい未来に乾杯しようじゃねーか」


「……そう、だな。明るい未来を祝そう」


 コーヒーカップとグラスをぶつけ合い、乾杯をした。

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