第501話 婦人
イタリア~ンな店主夫婦は、オレと来る決断はしたものの直ぐにはこれないようで、一旦帰るそーだ。
まあ、食堂なり商店なり、それまでの付き合いや柵があったりするもの。そう急かすのもワリーんで、気長に待つことにした。宿屋の方もまだなんにも手をつけてねーしな。
なるようになるだろうと意識を切り替え、孤児院の中へと入る。
バーベキュー気分はとっくになく、チビっ子どもが新しい部屋を整えるので騒がしかった。
「ベーさま、じゃまー」
「ベーさま、どいてー」
ハイハイと走り回るチビっ子どもを避けながら食堂へと向かうと、そこには院長さんに領主夫人、その娘、そして、コーリンがいた。
「おう。集まってんな」
マルっとサクっと丸投げしたオレが言うセリフじゃねーが、それを言えてこそ丸投げ一級の実力。ハイ、突っ込みはノーサンキューだよ。
「お疲れさまです」
院長さんが席を立ち、頭を下げた。
やはりこの人はスゲーよな。あんなに人がいたのに、ちゃんとオレの動きを見ていた。
……こーゆー人が上にいると、下の者は幸せだよな……。
「あいよ。あとは頼むわ」
孤児院件はこれで終わり。あとは、そこにいる者が決めて築いていけ、だ。
「はい。ありがとうございます」
院長さんの礼に肩を竦めることで応え、領主夫人を見る。
「で、そっちの話はどこまで進んだい?」
「アリエス――娘はコーリン様のもとで勉強をさせていただけるようになりました」
なんの勉強かは知らんし、興味もないが、それで決まったのならオレに否はねー。大変だろうがガンバレや、だ。
「そうかい。コーリン、頼むわ」
「はい。人手はいくらでも欲しいので助かります」
「まあ、無茶はさせんなよ。サリバリやトアラは小さい頃から働いてるし、才能と根性がある。領主夫人の娘にそれがねーとは言わねーが、育った環境が違えば質に違いも出てくる。自分の普通が他人には普通じゃねーってことがままあるもんだ。上に立つならちゃんと下の者に気を配れよ」
「正直、上に立つ器ではないと、自分では思うのですが、これも自分が選んだこと。努力致します」
「ダメならダメと言えよ。周りにはちゃんと仲間やら味方がいんだからよ」
全てを自分が、なんて自滅の道以外なにものでもねー。頼り頼られが一番の関係性であり、身と心に優しいんだからよ。
「はい。胆に銘じます」
なんかちょっと大人な感じになったコーリン。まあ、成長したと思っておこう。
娘の問題も解決したので、本筋へと目を向けた。
「さて。領主夫人様――」
「――フィアラとお呼びください。これからはあなたの下につくのですから」
「いや、別に下とか上とか、そんなもんは求めちゃいねーし、年上どころか領主夫人を呼び捨てにしちゃまずいだろう。つーか、オレの立場を考えてくれや」
村人が領主夫人を名前で呼ぶとかあり得んでしょうが。いくらオレでも気まずいわ!
「わたしはもう領主夫人ではありませんし、主人とも別れました」
はい? なに言っちゃってんの、この人?
「……いや、あの、別れるって、できんの、そーゆーこと?」
貴族の婚姻どころか一般の婚姻についても知らんが、離婚ができるとかしたって話、聞いたことがねーぞ。
いやまあ、この修道院が尼寺であり、亭主から逃げて来た場所だから、男女の関係はいろいろあるとわかちゃいるが、離婚うんぬんなんて聞いたこともねーわ。
「滅多にないことですが、可能は可能です。ただ、世間体はよろしくありませんが……」
と、院長さんの談。
「もはや世間体など気にもしません。わたしはわたしのやりたいことをやると決めましたから。ベーは離縁した女を軽蔑しますか?」
「いや、軽蔑なんてしねーよ。男と女の関係は複雑怪奇。合う合わねーがある。それぞれが納得し、子どもが不幸にならなきゃそれでイイと思ってるしな」
結婚して子供もいたら違う考えもあっただろうが、結婚もしてねーオレにはそうとしか思えねーよ。
「ふふ。理解ある男性は素敵ですね」
十一歳のガキになに言ってんだか。そーゆーのは二十歳過ぎてから言って欲しいぜ。
「まあ、褒め言葉として受け取っておくよ。領主は誰になったんだい?」
「元主人の弟の次男に継がせました」
継がせましたときたもんだ。おっかねーな、ほんと。
「まあ、まだ若いので不安になることもありますが、周りには優秀な者もいます。ましてや大公様とベーの後ろ盾があります。順調に、とは申せませんが、以前よりはよくなるでしょう」
領主夫人……ではなく、元領主夫人もいるしな。
「なら、このままオレと来れんのかい?」
「はい、と言いたいところですが、まだやることがあるので十日は時間をいただきたいです」
十日、か。
収納鞄からコーヒーを取り出し、飲みながら思考する。
しばらく思考の海を泳ぎ回り、それなりに纏まったところで上がった。
「なら、十日後を目標に来る。なんで、北の場所を開拓する許可を得ててくれ。あ、わかるように縄かなんかでくくってくれると助かる。あと、商人を通して小麦や野菜などを買ってくれ。量も値段も問わない。あればあるだけ買うし、定期的に買いもする」
収納鞄から金貨を詰めた収納ポーチを取り出し、元領主夫人に渡した。
「オレが来るまでの活動資金だ。元領主夫人……ってのもなんだな。なら、婦人。婦人と呼ぶよ」
「婦人、ですか?」
「ああ。最大の敬意を込めて婦人と呼ばせてくれ」
決してメンドーだからじゃないデスヨー。
「ふふ。婦人ですか。ベーにそう呼ばれるのも悪くありませんね。わかりました。これからはそうお呼びください」
「あいよ。婦人」
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