第490話 プリッキック

 スルー拳二十倍でなんとか勝利(理不尽にな)できたが、心は満身創痍。次の敵(理不尽)が来たら確実に死ねる。


 ボロボロの心を奮い立たせてプリトラスへと入った。


「へ~。中も凄いですね~」


「ゼルフィングの館より豪華~」


「こっちは完全にお城ね。あ、いや、お城か」


 三者三様驚いてはいるが、理不尽を理不尽と感じねーその理不尽さになんか腹立つ。いつもオレのことを非常識とか言ってるクセに、こーゆーときだけ非常識を常識にしやがって。この畜生どもめっ。


 なんて言っても無駄なので、心の中でうらめしや。理不尽に呪われろ。


「いらっしゃいませ」


 と、メイド服を着た幼女バージョンのドレミが出て来た。


 もうこいつ、プリトラスの住人でイイんじゃね? とか思いそうになるんだが、バンベルとの繋ぎには必要な存在。そろそろ返してもらわねーとな。


「誰?」


「オレの横の住人だ」


「え、えーと、確か、黒猫じゃなかったでしたっけ?」


「え? スライムでしょう?」


 不思議がるタケルとフェリエ。まあ、謎の超生命体。もはや、元がなんなのかオレでも自信持って言えねーよ。


「ドレミはドレミって生き物。それでイイだろう」


 オレはもうそう理解したよ。


「ドレミ。コーリンたちは?」


「広間で作業してます。声をかけて来ますので少しお待ちください」


「ああ。わかった」


 ほんと、バンベルの分裂体。配慮がハンパねーな。


「なぜすぐにいかないの?」


 オレの行動に疑問を感じたフェリエが聞いてきた。


「修羅場は女を捨てさせる。そんなところをコーリンたちも見られたくねーだろうし、オレも見たくはねー。これも親しき仲にも礼儀あり、ってやつだ」


「……まあ、サリバリあたりがうるさいしね……」


 幼なじみガールズで一番の乙女がサリバリ。我が身を守るためにも常に配慮が必要なんだよ。雑なフェリエにも、な。


「ベー! 入ってこないでよ!」


 なにやらサリバリの声が広間から発せられた。


 思った通り、修羅場で女を捨てていたのだろう、なにやらバタバタし始めた。


 しばらくかかりそうなので、エントランス(?)に供えつけのベンチに腰を下ろした。


「ちょっと見て来るわ」


「あいよ」


 そこは男には越えられない壁。つーか、越えたくねー領域。おっと、タケルくん。死にたくなければ君もここに座りなさい。猫耳ねーちゃんが爪を立ててるぜ。


 まだ女に興味津々なタケルの裾をつかみ、ベンチに座らせた。


「タケル。これは、経験者としての忠告だ。桃源郷はどこにもねーぞ」


 あるとすれば夢の中。現実の世にはねーと知れ。


「もっとも、生き地獄と言う名の桃源郷はあるがな」


「な、なんです、それ?」


「まあ、人それぞれの桃源郷。がんばってイイ桃源郷にしてくれや」


「いや、だからなんですか、それ! 不吉でしかないですよ!」


 叫ぶタケルに構わず、心の中で素晴らしい桃源郷であることを切に願った。


 タケルの追及に笑って流してると、広間の騒ぎがおさまり、ドレミが出て来た。


「マスター。お待たせしました。どうぞ」


 あいよと応え、広間へと入ると、むわっとする女の臭いに思わず顔をしかめてしまった。


 ……人によっては興奮するんだろうが、オレはダメだな。臭いがキツ過ぎるぜ……。


 結界で臭いを遮断し、改めて広間の中を見回した。


「……服の山だな……」


 いったい何着あんだ? 服の山でかくれんぼできそうだぞ。


「失礼しました。店に並べる衣装を作っていたら夢中になってしまいました」


 若干やつれ気味のコーリンが、髪を濡らしながら謝ってきた。多少なりには女の矜持はあるらしいな。


「いや、謝るのはこっちさ。忙しいときに来ちまってよ」


「ほんとよ! 来るなら来るで一言言いなさいよね!」


 服の山の中から叫ぶサリバリは無視。姿見えねーもん。あと、トアラ。隠れるならちゃんと隠れろ。そのオシャレなおパンツさまがもろ見えですよ。


 すぐに視界から外し、コーリンを見る。


「忙しいそうだから要件だけ言う。明日から領主の娘を預かることになった。ワリーがコーリンとこで面倒見てやってくれ。針を習わすのもイイし、家事をやらせるのもイイ。その辺はコーリンに任せる。まあ、領主夫人にも会わすから、そんときに話し合ってくれや」


「……え、えーと、意味がさっぱりわからないのですが……?」


「領主の娘を預かる。今はそれだけ覚えててくれ。細かいことは明日にすっからよ」


「は、はあ? よく、わかりませんが、わかりました。覚えておきます……」


 それだけ覚えててくれたら充分。どうせコーリンに丸投げして、領主夫人にがんばってもらうのだ、あとは当事者同士で話し合ってくださいな、だ。


「んじゃ、オレは帰るな。フェリエはどうする? なんならこっちに泊まっても構わんぞ?」


 どうせ明日は荷車台を引っ張っていくし、奉公四人の荷物も積まんとならん。どっちにいようと同じだ。


「なら、そうするわ。服を見てみたいし」


 そんなにオシャレさんではねーが、別に嫌いってわけでもねー。珍しい服には興味があんだろうよ。


「あいよ。なんかあればプリッつあん――って、そー言やプリッつあんは?」


 全然姿が見えませんが。


「――プリッキーック!」


 と、そんな叫び声とともに頭に衝撃が生まれた。なんやねん?


「このあんぽんたんおバカの薄情ベーめ!」


 なんか頭の住人さんが大家の頭をガジガジかじってくるが、痛くも痒くもねーので気にしない。


 まっ、これも大家としての役目。たまに住人とのコミュニケーションはしないとな。


「ハイハイ。痛い痛い。ほんじゃ、明日な~」


 コーリンたちに挨拶して、プリッつあんを背負いながらプリトラスをあとにした。

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